第24話
「元々、私は野良巫女だったんだ」
依子は物心ついた時から、一人で生きていた。
村々を転々とし、祈祷や占いをしながら食いぶちを稼いでいたのだ。
口減らしの為我が子を殺す、そんな時代には依子の境遇など大して珍しい事でもなかった。
そんな時、立ち寄った村の権力者から村の神社の巫女にと迎えられ、祭られる事になった。
「私は幼い頃からそこそこ力が強かったんだ」
祈祷で厄病を祓い、占いで個人や村の吉凶を視たりと、流浪していた頃よりも穏やかな日々を送る事ができた。
結婚するつもりもなかったが二十五才を過ぎた頃、村一番の働き者の青年に求婚され、周りからの薦めもありそれを受ける事にした。
子宝にも恵まれ、貧しいながらも幸せな日々を送っていたのだが。
「ある日、どこぞの位の高い人間から子宝の祈祷を依頼されてね、幸いな事に男児を授かったんだ」
そのお礼にと持ってきた品物が、依子の未来を変えてしまったのだ。
「それは、見たこともないおいしそうな肉の塊でね。村人の人数なんてたかが知れている。だから皆に分け与えて食べたんだ」
それが、悲劇の始まりだった。
「肉を食べてしばらくしたら、夫と子供が苦しみだしたんだ。同じものを食べていたのに、私だけがなんともなかった」
助けを呼ぶために、隣家へと走った。隣家と言っても寂れた村。その距離はかなりある。
だが、もつれる脚を叱咤しながら走って走って、ようやく転がる様に駆け込んだ家。そして、其処で見たものは。
「皆、死んでいたよ。隣の家も、その隣の家も、そのまた隣の家もね」
村は一瞬にして全滅してしまったんだ、と言う依子の顔には、何の感情も浮かんでいなかった。
「初めは何が起きたのか分からなかったよ。だが、共通していたのは、皆が夕食を摂っていた事。そして、分けた肉を食べていた事。つまりは、その肉が原因だったんだって」
数えるほどしかない家々を回り、自分以外誰一人として生きていない事がわかり、依子は呆然とした。
「夢を見ているようだったよ。何で自分だけ生きているのかってね。でも、このまま其処に居るわけにはいかない。この惨状がばれれば私が疑われるからね。今の時代とは違って、お役人は正義の味方ではないから、逃げなくてはならなくなったんだ」
悲しむ間もなく、依子の逃亡生活が始まった。元々は野良巫女で放浪していたのだから、元に戻っただけなのだと自分に言い聞かせ、逃亡という名の旅をしていた。
だが色々な国を回っていると、様々な話が耳に入ってくる。その中には、自分の村に起きた様な事が他の村でも起きていたと言う話。
何処かの貴族がお礼にと肉を持ってきて、それを食べた人達が死んでいったと。
「その噂を追って色々、回ってみたんだ。そしたら、私の様に肉を食べても生き延びた者が四人もいてね、探し出して彼女等としばらくは行動を共にしていたんだ」
皆、依子と同じで力のある巫女で、とある貴族の祈祷をしていた。そしてお礼にと肉を貰っていたのだ。
その貴族について記憶にある名前を挙げれば、皆違う名を言う。時間をかけ調べていくが何も分からず、偶然だったのだろうかと考え始めたその時、異変に気づく。
何年たっても変わらない容姿。他人に言われそれに気付いた時、その肉の正体を知る事となる。伝説でしか聞いた事が無い生物のものだと。
そして初めて、自分達は実験台にされたのだと悟った。
「その時出会った四人とは、今だに付き合いがあってね。いつか凛くんにも紹介するよ」
彼女のその言葉は、ちょっとそこまで買い物に・・・というニュアンスが強い。
とても重く辛い内容なのに、何てことの無い様に・・・そう、まるで、幼い頃読んでいた昔話を聞いている様で、今一つ現実味が湧かない。
恐らく依子自身、意図してその様に話してくれているのだろう。
何時かは紹介してくれるという、依子と共に長い長い年月を共にした仲間達。
依子を見ていても八百年以上生きているとは、全く信じられない。だが、凛にはそれが嘘かもしれないなどと疑う気持ちもない。
現実味がなく突拍子もなく信じがたいが、全く疑う気持ちはない。
反対にとても興味深くて、思わず疑問をぶつけてしまっていた。
「皆さんに対し実験した貴族は誰かわかったんですか?」
実験する為に、村一つを潰すなど、今の常識では考えられない。たが、当時は野盗に襲われ村が一晩で無くなるなど、珍しい事では無かったのだという。
「それは最後まで分からなかったんだ。ただ、我々を探している事は風の噂で聞いていたから、私達は故郷に近寄る事も出来なかった」
捕まってしまえば、どのように扱われるかもわからない。
死んでしまった家族の事が気になっても、戻る事も出来ない。とても歯痒かったよと、苦笑した。
「我々は、長い間一緒に行動していたんだけど、一つ所に留まれないから結構、辛いものがあったんだ」
年を取らない為、最後には不審な目を向けられてくる。そうなる前に、遠く離れた所へと移るのだ。何度も何度も。
そんな時に、仲間の一人が政府高官と知り合いになった。
「私等は長い時を生きていたからね、力がどんどん強くなってきたんだ。ほら猫とか狐なんか、長生きすると霊力を持って尻尾が分かれるって言うだろ?あれもあながち嘘じゃないんだ。我々には尻尾は無いが、年々と霊力が強くなっている事が分かっていた。その所為で、生きるために生業としていた占いや祈祷の依頼が引切り無しになってね、お偉いさん達からも依頼が来るようになったんだ」
政治に関係する人間とは余り深くは関わらないようにしていたが、これから未来を生きるために権力のある人間を味方に付けておくほうが有利だと考えた。
目に見えて変わっていく時代の流れ。これまでの様に、逃げ回ってばかりでは生きていけなくなる事が分かっていたから。
「名前は言えないが後に政治家となり、国を動かす中心にいた人物と懇意な間柄になってね。その人のおかげで、今では我々は政府に保護されているんだ」
「え?政府に、ですか?」
「あぁ。ただ、知っている者は本当に限られていてね、人によってはこの国の首相だからといって必ず知らされるわけではないんだ」
首相になったからと言って、その人柄も高潔だとは言えないのが現実だ。その当時は時代の移り変わりが早く、混沌とした時代。信用できる人間を見つけただけでも僥倖だったのだ。
「表には出る事の無い機関があってね、我々五人を管理しているのさ」
「何だか・・・小説みたいですね」
「ふふふ、そうだろう?たった五人の為だけにある機関だ。まぁ、その分、色々と働かなきゃいけない時もあるがね」
「それは、国の吉凶を視る・・・・とか、ですか?」
「まぁ、そんな感じだ。だが、今は余り関わっていないんだ」
「どうしてですか?」
「今の政府高官には、信頼できる人がいないのさ。欲深い奴等ばかりでね。だから、我々の事を知っているのは、機関の人間とこの国一番の高貴な方だけ」
この国一番の・・・・「え?!」と凛は思わず声をあげた。
「我々にはほとんど予算はかからないからね。やる事と言えば、何年か毎の生存確認と時期を見て戸籍をいじくるくらいさ」
最後はボヤキのような依子の言葉に、凛は推し量る事の出来ない何かを感じた。
自分では想像も出来ない、何かを。
そして改めて、まるで小説か漫画の中のヒーローようだ、この家族は。と思ってしまう。
一人一人が最強で無敵で優しい。
だからこそ改めて、凛は心の底から思った。
―――この人達と出会えて、本当に良かったと。
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