第5話

「へぇ・・・その女の人、凄い目を持っていたのね。多分・・・何とかしてあげたいけど、力が及ばない事がわかっていたから、忠告だけしていったのね。賢明な判断だと思うわ」

色欲の悪魔だって?だからこうも『色事』に巻き込まれるのか?昔もこれからも・・・・と、現実離れした理由に呆然とする。

それ以上に、こんな荒唐無稽な理由をすんなり受け入れる自分に驚愕する。


「・・・これは、何故俺に憑いてるんだ?祓う事はできるのか?」

「なんで君に憑いてるのかは・・・私じゃわからない。祓う事も私の専門外だから、無理かな」

その言葉に落胆の色を隠せない凛だったが「でも、私の祖母なら、力になれるかもよ」と付け加える奏に、勢いよく顔を上げた。

「私の祖母はその道のプロで、まぁ、お偉い方々の仕事も多々請け負ってるから」

「お偉い?・・仕事?」

「あぁ、気にしないで。良ければ、これからうちに来る?祖母は今日いるはずだから」

「え?」今日会ったばかりの人の家に今すぐに伺う・・・しかも何故か彼女を疑う気持ちが湧いてこない。これまでの事を考えると、自分でも信じられない事だった。

「あ、もしかして用事とかあった?」直ぐに反応を返せなかった凛に、奏は「強引でごめんね」と笑う。

「いや、用事はない。だが、その・・・いいのだろうか、お邪魔しても」

「いいよ。きっと祖母も喜ぶから」

「喜ぶ?」奏の言葉に首を傾げると彼女は、

「あの人、般若心経やら祝詞やらを唱える割にかなりの西洋かぶれでね、君みたいな本物の悪魔憑けたの見せたら、しばらく観賞用に檻に閉じ込められちゃうかも」

と笑った。その物騒な言い回しに凛が一歩後退ると、「あははは!冗談よ。言葉の綾だって。ただ、それくらい歓迎されるって事よ」と言いながら携帯を操作し、電話し始めた。

「あ、依子さん?これからお客さん連れて行っていい?―――・・ううん・・・そう。・・・視えてたんでしょ?・・・父さんと母さんもいるよね?―――・・・うん、じゃあまた」

そう言って電話を切ると、凛に向き直った。

「改めて自己紹介。私は遠野奏。十九才で大学生。よろしくね」

「あ、俺は綾瀬凛。十七才で高二。よろしく」

「凛くん、ね」と言う奏に「凛、でいいよ」と言えば「じゃあ、私も奏、でいいから」と言われて、一応目上の人間を、しかも恩人を呼び捨てにしていいものかと悩んだが、まるでそんな凛の考えなどお見通しとばかりに「呼び捨てでいいからね」と念を押され、「わかった」と頷く。

「あ、それと多分、私の家は君にとって、とても居心地悪いと思うの。だから、これつけて」

と、渡されたのが黒い紐を編み込んだミサンガの様な護り紐。その紐には等間隔で五つの水晶の玉が組まれており、手に取ると不思議な感覚が身体に伝わる。

「・・・これって・・・」

「憑いている悪魔の力を少し抑え込んだの。ほら、もう何も感じないでしょ?」

そう言いながら、奏は凛の手を取った。先ほどまでは、傍に近寄ってくるだけでも気分が悪くなってきたのだが、今は何も感じない。

「でも、あたしん家は私なんかと比べものにならないくらい強烈だから・・・覚悟しといてね」

「強烈って・・・・」綺麗な顔を引きつらせながら聞けば「私に感じた嫌悪感の・・・百倍くらいかな?」と爽やかに笑う。

先ほど感じた感覚も、かなり嫌なものだったが・・・―――それの百倍だって?・・・凛は左手首に巻いてもらった護り紐を見つめそれを右手で包み込んだ。


この状況を何とかしたい。でも、どうにもできなかったこれまで。

幼い頃から望んでもいない事に巻き込まれ、挙句には加害者扱い。あまりに理不尽な出来事に、初めの頃は諍っていたが、次第に諦めるようになっていた。

正直な所、自分の容姿だけでこのような事態を招いたとは思っていない。心霊現象的なものは信じてはいなかったが、先程助けられた時の状況を思えば、多少なりとも何か影響があるのかもしれないと考え始める。まさかそれが悪魔だとは思わなかったが。

だから、その原因がわかるのなら、これまでの事態を打破できるのであれば。

百倍の苦痛など、これまで味わってきた苦痛に比べれば耐えられない事はない、と凛は覚悟を決める。

「よろしくお願いします」

凛は奏に頭を下げた。そして、そんな彼に奏は力強く頷いた。


家に向かう道すがら、奏は一通り自分の家族の事を話した。

「まぁ、会ってもらった方が話は早いけど、取り敢えず簡単に」と、家族構成と、ちょっと特殊な家系である事だけを話す。

そして「あっ」と今思い出したという様に、奏は凛に「注意事項」と人差し指を上げた。

「うちの祖母、『おばあちゃん』とか言うと滅茶苦茶怒るから。依子よりこさんって呼んでね」

その目はかなり真剣で、思わず引き気味に頷く凛。

「怒ると手が付けられなくなるからね。一度、そんな事情を知らない人が『おばあさん』と呼んじゃってさ・・・大暴れしちゃって。客間だけで済んだから良かったけど、部屋直すのに一か月かかったんだよね」

と、夕映えの柔らかな色に染まった雲を、遠い目で見上げた。

その彼女の表情に、言葉に、突っ込みたい疑問が満載すぎて本当について行っていいのだろうか・・・と、一抹の不安がよぎる。

だが、恩人とはいえ初対面の、しかも女性にここまで無防備に自分を預けようともしている。

何故だろうか、大丈夫だろうかと、どこかで不安な声を上げている自分もいる。だが、何か温かいものがその不安を包み込むかのような、安堵感に身を委ねようとする自分もいる。

不安は恐らく不信から。安堵は期待から。

もしかしたら、この状況はどうにもならないのかもしれない。根底には常に絶望がある。今以上に、辛いことを言われるかもしれない。

―――それでも・・・と思う。

今の、この現状を、何が起きているのかを、知る権利はある。

自分の決意とは正反対の、空と同じ柔らかな色に染まった能天気な笑みを向けてくる奏の顔を見ていると、身体中の余計な力が抜けて肩がほんの少し下がった。


だが、更に彼女から聞かされる家族のエピソードやトラブル・・・『不安』が『期待』を凌駕しそうで、ほんの少し凛の足取りが重くなるのだった。

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