【過去編】悪役王女の陰で生きたもう一人の転生者

序章 定められた運命

第0話 プロローグ──少年の人生

地球と言われる世界に生を受けて十八年

何の取り柄もない少年の人生は、まさに〝普通〟そのものだった


普通と言って分からなければ──こう説明すれば伝わるだろうか

勉強は赤点でも優等生でもなく、中の中

運動会では目立つこともなく、消えることもない

通学の電車で眠そうにスマホを眺め、休日はゲームを少しして寝て過ごす

事件も問題も、ドラマやアニメのような展開すら一度もなかった


ただ一つ違うのは、あまり異性に興味を持てなかったことだ

自然と友達止まりになってしまう性格から、周りに〝ユルキャラ〟や〝癒し・愛されキャラ〟のように扱われ、可愛いと評され続けてきた

だが成長するにつれて〝可愛い〟だけではやっていけないのが現実である

恋人どころか告白されたことすらなく、気づけば異性にも同性にも特別な関心を持たないまま十八歳を迎えていた


『人生百年時代』と言われるその中で、自分は五分の一を何もせず無駄に過ごしてきた──

少年はふとした瞬間、そんな自覚を胸に抱くことがあった




そんな少年が唯一のめり込んだのは、友人の女子に勧められた一本のゲームだった

乙女ゲームとは違い『選択で歴史を刻む』を題材にした伝記シミュレーションゲーム

選択次第で未来が分岐する面白さに夢中になり、気づけば全ルートを制覇するまで遊び尽くしていた


物語の大筋は、平凡な少女が癒しの力に目覚め、英雄と呼ばれる人々と共に国や世界を救っていくもの

第一作『平民聖女と英雄の奇跡1 〜破滅の祖国を救う七星〜』では、自国を破滅へ導く悪役王女を断罪するまでが描かれていた


だが、少年が心を奪われたのは〝表〟ではなく〝裏〟にいたキャラクターだった

特に仲間にできない、隠しイベントでしか現れない、難易度の高いルートで顔を見せるだけの存在

それでもファンの間では根強い人気を誇る〝隠しキャラ〟は、少年にとって一番の推しである



それを踏まえた上で少年はあえて隠しルートを外れ、ゲーム終盤で悪役王女の前に立ちはだかる[万能執事]ムチとの戦闘を最高難易度で挑んでいた

本来なら隠しルートを発生させることで、最終戦のこのルートは攻略可能レベルまで下がり、攻撃は通常通り通じ、敵の一撃も即死級ではなくなる

だが少年はあえて完全攻略のため〝楽になる道〟を選ばなかった

最高難易度、プレイヤーの攻撃は常に「1」、敵の攻撃は「即死」、HP(ヒットポイント)に関しては「100万」という狂気のバランスのまま、アイテム収集と緻密な戦略に人生を費やし攻略を目指した


だからこそ──勝利の瞬間の達成感は筆舌に尽くしがたかった

たまたま宰相の好感度が高かったために発生した特別イベント『執事と宰相の会話』

その中で得た特殊アイテム『執事長の記録集』は、裏キャラを仲間にできる唯一の手がかりとなり、少年の心をさらに震わせた


プレイ動画と共にファン公式サイトへ投稿したときの盛り上がりは、今でも忘れられない

後に、そのアイテムが次回作で裏キャラを〝お助けキャラ〟として再登場させる裏コードへと繋がったとき、少年の名はゲーム界隈で小さな伝説として語られた




──だが、その人生も終わりを迎える


死因は転落事故

ゲーム完結作である『平民聖女と英雄の奇跡6

〜陰る星刻に舞い降りる邪神〜』を完全攻略した徹夜明け、ふらついて階段から転げ落ちたのだ


痛みに喘ぎながらも、少年の手が掴んだのはスマホだった

画面には救急番号119番ではなく、ファン公式サイトが開かれている


最後の力を振り絞り、震える指で書き込んだ


──────────────────────

『ゲーム完全攻略達成!!』


階段から落ちてもう限界だけど、最後まで好きなゲームをやり遂げたから僕の人生に悔いはない


思い残すことがあるとすれば──あのキャラを仲間にしたかった

──────────────────────


投稿を送信した瞬間、視界は暗転し、全てが途切れた

最後の意識は、もちろん推しキャラの笑顔と共に消えていった

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