代理復讐のため昭和にタイムスリップしたら、陸軍士官学校の彼と恋に落ちました
小湊エイジ
第1話 はじまりの夏休み
朝から蝉の声が宇宙にまで届きそうなくらい響き渡る。外に出れば、吹き出る汗がじっとりと肌を覆い、風すらも熱を帯びている。
これはそんないつもの夏に起きた、特別な出来事——
***
「
暑さとは無縁の涼しいクーラーの下でゴロゴロする私に、仕事が舞い込んできた。
夏休みが始まって2週間。あれだけ待ち望んだせっかくの休みも、慣れてくれば案外退屈なもので、人間(というか私)は本当にわがままな生き物だ。
「いいよ〜! 何渡すの?」
「アルバム。おばあちゃんに頼まれてお家片付けてたらね、出てきたの。これ見たら元気出るんじゃないかと思って」
「りょーかい」
私が陽気に敬礼をしてアルバムを受け取ると、お母さんはあっちに行ったりこっちに行ったり、再び仕事へ行く準備に戻った。こんなに頑張ってくれている大人には夏休みも冬休みも春休みもないなんて、なんだか申し訳ない。
「今日もちょっと遅くなるかも。この暑さで急患が多くて……」
お母さんは看護師として、大学病院の救急外来で働いている。我が家の頼もしい大黒柱だ。
「分かった。胃もたれしないヘルシーなもの作っとくね」
「ごめんね、今日は心春の誕生日だから何がなんでも休みたかったんだけど……ケーキ買ってくるから楽しみにしててね!」
そう、今日8月15日は日本にとって大事な終戦の日であり、私の17歳の誕生日。
「ありがと。楽しみにしてるね。行ってらっしゃい!」
お母さんを無事送り出したところで、私も出かける準備を始めた。
***
「おばあちゃん来たよ〜」
ノックして病室の扉を開けると、おばあちゃんはベッドの背を少し起こしてテレビを見ていた。
彼女は
私が小さい頃から、お母さんが仕事で遅い夜はご飯を食べさせてくれたし、夏休みには水族館や遊園地にだって連れて行ってくれた。
今は肺炎で入院しているけど、そうでなければ92歳という年齢を感じさせないほどしゃんとしている。
「あら〜心春ちゃんいらっしゃい。お誕生日おめでとう! プレゼントも何も用意できなくてごめんね」
「ありがとー! おばあちゃんが元気でいてくれることが何よりものプレゼントだよ。具合はどう? ご飯食べれてる?」
「ええ大丈夫よ。ありがとうねぇ」
私は持ってきた包みを差し出す。
「これね、お母さんから。おばあちゃんの家掃除してたらアルバムが出てきたんだって」
「まぁ! どこへやったんだろうって探してたのよ。懐かしいねぇ」
ページを開くと、若い頃のおばあちゃんが世界各国を旅する姿が並んでいた。エッフェル塔、ビッグベン、ピラミッド──どの写真も笑顔がとてもキュートだ。
「おばあちゃん可愛いねー! モテたんじゃない?」
「あら、分かっちゃった?」
子供のようにくしゃっと笑うおばあちゃんの可愛さは今も変わらない。
そしておばあちゃんの隣に必ず一緒に写っている優しそうな男の人はもしかして……?
「この人が旦那さん?」
「そう。二人で色んな国を周ったわ〜うちは子供ができなかったから」
「ちょっとちょっと。ここに可愛い孫がいるのを忘れないで?」
「そうだったわね。可愛い孫と娘がそばにいてくれて、私は幸せ者だわ〜」
そのとき、一枚の白黒写真がひらりとアルバムから落ちた。
「あっ……拾うね」
手に取ると、そこには立派なお屋敷を背景にした家族の姿が写っていた。お父さんとお母さんらしき人物に、姉妹のような可愛い二人の子供。
身なりや雰囲気から、この家族がただ者ではないことがわかる。きっと裕福で、特別な暮らしをしていたはずだ。
(この小さい女の子、もしかしておばあちゃんかな……?)
「はい、コレ」と写真を差し出した瞬間、大粒の涙がおばあちゃんの頬を溢れ始めた。
「おばあちゃん……?」
「……もしあの時、私があの女を追い出せていたら。父様と
急に声を張ったせいか、おばあちゃんは苦しそうに咳き込んでしまう。
私は慌てて背中をさすったけれど、おばあちゃんは言葉を続けた。
「ハァ……ハァ……もし天国にいようものなら私が必ず地獄に落とす! あの女だけは絶対に許さない……! ッホ、ゲホッ、ゴホッ……」
「おばあちゃん!」
その後、ナースコールで駆けつけてくれた看護師さんのおかげでなんとかおばあちゃんは落ち着いた。
だけどその日、主治医の先生からおばあちゃんがもうあまり長くはないかもしれないと告げられた——
***
その夜、お母さんと二人でケーキを食べながら、私は病院での出来事を話した。お母さんは特に驚く様子もなく、ただ静かに頷いていた。
「驚かないの……?」
「前にチラッとおばあちゃんから聞いたことあったから……」
「おばあちゃん、なんて言ってたの?」
「おばあちゃんの旧姓、黒田って言うんだけど、黒田と言えば昔は三大財閥に数えられた有名なお家でしょ? 戦後間もなく潰れちゃったけど」
「そうなの!?」
「やだ一般常識よ」
「……まだ習ってないんだと思う」
「そんなわけないでしょ」
お母さんはフッと笑った後話を続けた。
「おばあちゃんは小さい頃にお母さんを亡くしてて、その数年後にはお父さんも不運な事故で亡くしたんだって。少し歳の離れたお姉さんもいたんだけど、お父さんが亡くなってすぐに40以上歳の離れた人に嫁ぐことになって、それから病気で亡くなったって」
「そう、だったんだ……」
まさか、おばあちゃんにそんな過去があったなんて……私は言葉を失った。
いつも温厚なおばあちゃん。怒ったところなんて見たことない。
そんなおばあちゃんが、咳込むほど声を荒げて、恨みのこもった言葉を吐いていた……〝あの女〟とは一体誰なんだろう。もし生きてたら代わりに私がこらしめてやるのに。
***
ベッドに入ってからも私の心はずっとモヤモヤして、眠気なんて少しも訪れない。
部屋の窓を開けると、生ぬるい夜風が肌をかすめた。
ふと視線を下ろしたそのとき──
白く淡い光を放っている何かがじっとこちらを見ている。
「狐……?」
尻尾を揺らし、まるで私を誘うように、静かに歩を進める。
「待って……!」
私は靴も履かずに玄関を飛び出して、気づけば町外れの小道に足を踏み入れていた。振り返れば、もう家も街灯も見えない。そしていつのまにか狐の姿も見失ってしまった。
代わりに目の前に現れたのは、季節外れにも関わらず満開の藤棚だった。
「綺麗……」
花房が天から降るように垂れ下がり、足元には絨毯のように敷き詰められた花びら。月の光を吸い込んだ淡い紫があたり一面を覆い、花の香りが立ち込める。
その香りに包まれるうちに、段々と思考がふわふわと浮き上がっていく。夢と現実の区別もつかなくなりそうだ。
(あれ私、ここで何してるんだっけ……?)
一気に膝から力が抜け、崩れるようにその場に座り込む。視界の端に、さっきの白い狐が見えたような気がしたけど、突然襲ってきた強烈な睡魔によって、私は紫の海に吸い込まれるように意識を失った——
***
(なんか、まぶしい……)
瞼の外から差し込む明るい光に起こされて、私はゆっくりと目を開けた。
まず目に入ってきたのは自分が横たわっている天蓋付きのベッド。こんなの映画でしか見たことない。
壁には高そうな絵が飾られ、部屋のあちこちにアンティーク家具が置かれている。
もしかすると、私の家よりもこの部屋の方が広いかも……
「良かった……このまま目覚まさなかったらどうしようかと思った……!」
ベッド脇にいた10歳くらいの女の子が、涙を浮かべて私に抱きついてきた。
(え……誰? ていうかここはどこ! 私、確か……お母さんとケーキ食べて、部屋の窓から何か見えて、それを追いかけて……?)
記憶が断片的すぎて、あまりよく思い出せない。
でも状況から察するに、きっとこの女の子が助けてくれたことは間違いなかった。
「助けてくれてありがとう。もう平気だから、私は家に帰るね」
「……何言ってるの? 瑠璃姉のお家はここでしょ?」
「えっ……? いやいや、誰それ。私はるりねえじゃなくて──」
そう言いかけた時、ドレッサーの鏡に映った自分の姿を見て私は目を見開いた。
そこにいたのは、私じゃない〝誰か〟だった。
(——ハッ)
透き通るような白い肌にセミロングの艶やかな黒髪。
エクステをつけているような長く濃いまつ毛。
羨ましいほどまん丸で大きな黒目と、ほんのり色づいた薄い唇。
自分で言うのもあれだけど、今の私は品の良さと華やかさを兼ね備えた完璧な美少女だ。
(でもこの顔、どこかで……!)
思い出した。
おばあちゃんが涙を流して見ていた、あの家族写真。
幼いおばあちゃんの隣に写っていたお姉さんだ。
(じゃあ、この目の前の女の子は……子供の頃の、麗華おばあちゃん?)
いやいやまさかそんなことあるわけがない。
信じられないことが今私の身に起こっている。
どうやら私は、時を超えておばあちゃんのお姉さん——
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