砂漠色の傭兵
鈍色小金
砂漠色の傭兵
人間は生きて動き回る資源である。
なるべく数は明確なものとして把握しておくべきだし、不正な入国も出国も面倒を引き起こす種になりかねない。
いっそどちらも「ゼロ」にしてしまえばいいのだと国境警備に配属された機動兵器のパイロットは頬杖をつく。事実、そのためにここへ回されたのだと自覚はある。
それにしたって暇だ。いつ来るかもわからない目標を砂漠のど真ん中へ申し訳程度に建てられた急ごしらえの基地で延々と待ち続けるなどと。暇に殺される。
事前情報によると、以前から不法出入国はあったものの瀬戸際で食い止められていたものが機動兵器を扱う傭兵に邪魔されて滞っているらしい。上層部から煙たがられているのは知っていたが、それを理由に新型狙撃用武装の試験運用を〝優秀なパイロット様〟に是非頼みたいと国の端っこに飛ばされるとは思うまい。
仮にも国境警備という重要任務に武装の試験運用をついでに持ち込むなど、権利と金の味を覚えて現場を忘れた平和ボケどもめ。ここへ配属されてから何度目かもわからない悪態を吐いていると、レーダーに反応があった。素早く身を起こし、戦闘態勢を整えていく。
『特務官、不法出国者の一団を捉えました』
「こっちでも確認した。条例通り数回に分けて警告しろ」
砂漠での走行に特化したトレーラーが数台、規定速度を明らかに超過した速度で疾走中。あれは違法改造でも引っ張れる気がする。パイロットはヘルメットをかぶりながら目を細めた。
広域回線を開き、パイロットの補助を請け負うオペレーターが基地から発信する。
『此方は国境警備隊、走行中のトレーラー群へ通告します。この砂漠地帯からの出入国は禁止されています。引き返し、正式な手続きを踏んでください。繰り返します―─』
聞き取りやすく明朗な声に反応する様子はない。寧ろ速度を上げて駆け抜けようとすらしている。
『――最終警告です。ただちに止まりなさい。この警告を無視した場合、強制停止措置を行います』
つまり容赦なく撃つぞ、と。そう告げたにも関わらず速度は一向に落ちない。まあそうだろうなとパイロットはヘルメットに表示される情報を狙撃用に切り替えた。
『警告は終了です。……特務官、撃ってください』
「了解」
先頭車両に照準を合わせ、あとはトリガーを引くだけという姿勢を整えた瞬間、トレーラーの荷台が勝手に弾け飛んだ。パイロットは未だ攻撃を開始していない。
一瞬、気が逸れた。逸らされた。舌を打って荷台が弾け飛んだ〝理由〟に標準を切り替える。
件の機動兵器が中に潜んでいたのだ。砂漠に溶け込むデザートカラーの機体が飛び出した格好のまま空中で先に実弾兵器をぶっ放す。
そんな無茶な姿勢で撃てばあらぬ方向へ飛んでいくものだろうに、あろうことか巨大な火薬の塊はまっすぐ基地へ向かってきている。腕が立つ傭兵という情報に間違いはないらしい。
「古臭い実弾兵器なんぞ使いやがって!」
パイロットは素早く迎撃へ思考を切り替えた。オートロックでは間に合わない。邪魔臭いモニター情報を消し飛ばし、メインカメラで捉えた弾丸を撃ち落とす。
どう、と爆発で砂塵が舞い上がった。無事成功したことに安堵の息が漏れかけたものの、すぐ喉奥に引っ込んで眉間に皺が寄る。
迎撃されることも含めて目くらましにされたのだ。国境を越え、レーダーの外までトレーラーを逃がしてやれば傭兵の仕事は済む。
「オペレーター、まだのんびり基地にいる馬鹿どもを叩き出せ! トレーラーを逃がすな!」
『特務官は――』
「あのデザートカラーの骨董品を墜とす!」
撹乱のためかレーダーに映る傭兵の機体は隠蔽工作も何もしていない。そもそも機能を積んでいないだけかもしれないが。
環境変化の影響を受け難いという売り文句で押し付けられた狙撃銃で砂塵越しに撃ち抜いてやろうとした発想を、その狙撃銃ごと投げ捨てる。
「なんだこのリチャージ時間は! 戦場舐めてんのか!」
百歩譲って〝慎重に時間を掛けてよく狙って撃つ〟ことを前提にしても再装填に時間が掛かり過ぎる。この仕事が済んだら絶対開発部に文句を言ってやると決めてパイロットは操縦グリップを握り締め、基地を飛び出した。デザートカラーの機体も直地と同時、初撃に使用したバズーカを投げ捨て、背に担いでいた別の武装を引っ張り出す。
骨董品と吐き捨てたものの実弾兵器とパイロットが乗る機体は相性が悪い。細身で高機動、抗ビームコーティングを施してある代わりに正面から火力で圧し潰されると抵抗する方法は限られる。
当たらなきゃいいんだろう当たらなきゃ。内心やけくそ気味に想定される相手の有効射程距離に入った瞬間、サブスラスターも目一杯吹かして尚も突っ込んだ。
覚悟の突撃が功を奏したのか装甲に銃撃が何発かかすったものの戦闘行動に支障はない。試験運用を想定していたせいでいつもより数段劣る武装しかないことに苛立ちを隠さないまま、腰部ホルダーから近接戦闘用の短刀を抜き放った。
速度を乗せたまま振り下ろすが、重装甲にそぐわぬ素早さで銃身を盾にされる。恐らく機体性能では間に合わないレベルであろう、搭乗している傭兵が予測して〝置いておいた〟先に突っ込んだのだ。
敵ながらあっぱれと称賛の言葉を嫌味なく送りつつ、それでも機体性能差があるならそのまま切り伏せようとしたが、ぞっと背筋を駆け上がった悪寒にメインカメラを動かす。
――複腕!
人間でいう肋骨にも見えるよう偽装されていた部分がデザートカラーの機体から浮かび上がり、短銃を取り出す。ほぼ〝狙いを定める〟という時間もないままその銃撃が的確にメインカメラのある頭部を撃ち抜いた。
やられた。ただでさえ装甲が薄い機体で繊細なセンサー機能が積んである部分をいやらしくも。性能差に押されながら徹底的に〝トレイラーを逃がす〟ことを念頭に置き続けている。
それでもタダでくれてやるものかとすぐさま反撃に転じた。複腕を掴み上げ、引き寄せながら蹴り飛ばした。厚い装甲があるとはいえ複腕は繊細な機能だ、ダメージも通りやすい。デザートカラーの機体は無理せず短機関銃をばら撒きながら一旦後退して距離を取っていく。そしてもう満足に機能しないと判断したのか、複腕を切り離した。潔い。
「おい、その機体に乗ってる奴」
『――なんだ』
回線を開いて語り掛けると、すぐに攻撃再開の意思はないと察したのか応答があった。戦歴を感じさせる声だった。
「一世代前の機体でそんな動きができるなら傭兵なんぞしなくともちゃんとした雇口もあろうに。不法出入国者の味方なんて大した金にならんだろ」
傭兵だから仕事を選べないのではない。傭兵ならば仕事を選ぶべきなのだ。信用を売りにする肩書で仕事の成功率がものをいうだろうに、国境越えなど割に合わなすぎる。
仕事に困る腕はしていないだろうという敵からの称賛に、傭兵は多少面食らったのか返答に間を置き、それから低く笑った。
『お前、花は好きか?』
「は? 花? 地面に咲くあの花?」
ああ、と傭兵は肯定する。
『確かに俺は安くない。だが……花も満足に育たないこの土地で、花束を作って「母を無事に送り届けて欲しい」なんて小さなレディに頼まれたら、断れないだろう?』
暫し言葉を頭の中で噛み砕くことに費やしたパイロットは「ぶはっ」と大きく噴き出して笑い、武装を構え直す。傭兵もそれを受けて笑いながら操縦グリップを握り直した。
「ロマンで飯は食えんぞ、老兵」
『ロマンでしか食えない飯を知らんようだな、ルーキー』
砂漠色の傭兵 鈍色小金 @kogane0825
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