追放された【鑑定士】の俺、ゴミスキルのはずが『神の眼』で成り上がる〜今更戻ってこいと言われても、もう遅い〜

☆ほしい

第1話

「というわけで、カイ。お前は今日限りでクビだ」


薄暗いダンジョンの入り口で、リーダーのアレックスが言った。

パチパチと音を立てて燃える焚き火の光は、彼の整った顔を冷たく照らしている。

アレックスは、Sランクパーティ『紅蓮の剣』を率いる男だ。

彼の言葉は、あまりにも軽くて情け容赦がなかった。


まるで道端に転がる石を、ただ邪魔だからという理由で蹴飛ばすようだ。

俺の口から漏れたのは、そんな間抜けな声だけだった。


「……は?」

理解が、まったく追いつかない。

いや、俺の脳が理解することを拒絶しているのかもしれない。

今しがた攻略を終えたダンジョンの熱気が、まだ体に残っている。

それなのに、叩きつけられた言葉は氷のように冷たかった。


アレックスはわざとらしくため息をつくと、心底うんざりしたという表情を見せた。

そして、彼は言葉を続ける。


「聞こえなかったのか、カイ。お前はもう俺たちのパーティには必要ない」

はっきり言おう、と彼は付け加えた。

「足手まといなんだよ、お前は」


彼の後ろでは、他のメンバーたちが腕を組んでいる。

みんな、凍てつくような視線で俺を見下ろしていた。

深紅のローブをまとった魔術師のゼノは、いつもいばっている男だ。

弓使いのサラは、常に冷たい視線を崩さない現実主義者だった。

そして癒し手のリアも、そこにいた。

俺は、リアに特別な想いを寄せていたのだ。


彼女だけはうつむいて、俺と視線を合わせようとしなかった。

その長いまつげが悲しげに震えているように見えたのは、きっと揺らめく炎のせいだろう。

そう、俺は思いたかった。


「足手まとい、だと。俺は今まで、このパーティのために……!」


喉から絞り出すように、俺は抗議の声を上げた。

だが、その声は空しく震えるだけだった。


「お前の『鑑定』スキルが役に立ったのは、せいぜいDランクダンジョンまでだ」

アレックスは、鼻で笑う。

「今の俺たちには、高ランクモンスターのステータスなんて見えやしない」

お前のスキルは、もはや無意味なんだよ。


「戦闘じゃ何の役にも立たないくせに、報酬だけはきっちり五等分だ」

アレックスの言葉に、ゼノが吐き捨てるように続けた。

「いい加減にしろって話だよな、まったく」

その言葉は、俺の胸に鋭い刃物のように突き刺さった。


確かに、ここ最近の俺の【鑑定】スキルは、格上の相手には効果がなかった。

鑑定不能、と表示されることが増えていたのは事実だ。

だが、それでも俺はパーティに貢献してきたはずだ。


「ダンジョンに仕掛けられた罠を、最初に見抜いたのは誰だ?」

俺は、必死に声を張り上げた。

「隠し通路を見つけて、レアアイテムが眠る宝箱を発見したのは?」

「ドロップアイテムの価値を正確に鑑定して、いつも最高値で売りさばいていたのは」

全部、俺のスキルのおかげじゃないか。


そうだ、このパーティが『紅蓮の剣』なんて大層な名前で呼ばれるようになったのも。

Sランクまで登り詰めることができたのも、その資金源の多くは俺の鑑定によってもたらされたはずだ。

こいつらが身につけている輝かしい装備だって、俺がもたらした富で手に入れたものだろう。

なのに、こいつらはそんなこと、とうに忘れてしまったらしい。


「うるさい、それは過去の話だ」

アレックスは俺の必死の訴えを、虫けらを払うかのように切り捨てた。

「過去の栄光にすがるのは、見苦しいぞカイ」

俺たちは、もっと上に行くんだ。

「お前という重りを外してな、ようやく先に進める」

これは決定事項だ、ともう覆らない。


彼は俺の腰にあった革のポーチを、乱暴に掴み取った。

そして逆さにして、中身を地面にぶちまける。

チャリン、という乾いた音が響いた。

わずかばかりの銅貨と、保存食の干し肉が数枚、土の上に転がり出る。

それが、今の俺の全財産だった。


「それが手切れ金だ、ありがたく受け取れ」


地面に散らばった銅貨が、焚き火の光を鈍く反射している。

俺のこれまでの貢献は、この程度の価値しかないのだ。

銅貨は、雄弁にそう物語っていた。


俺はただ、その場に立ち尽くすしかなかった。

裏切り、という言葉が頭に浮かぶ。

それは、モンスターの牙よりもずっと鋭く、心をえぐっていく感覚だった。


最後に、俺はリアの方を見た。

助けてくれ、と心の中で叫ぶ。

せめて一言、何か言ってくれと願った。

彼女との間には、言葉にはしないまでも、確かに通い合う何かがあったはずだ。

俺は、そう信じていたのに。


しかし、彼女は最後まで顔を上げることなく、小さく首を横に振っただけだった。

それは、ほとんど分からないくらいにささやかな仕草だった。

その絶望的な仕草が、俺の心の何かを完全にへし折った。


やがて、四人の背中がダンジョンの闇へと消えていく。

彼らは一度も、こちらを振り返らなかった。

残されたのは、俺と揺らめく焚き火の残骸だけだ。

そして、地面に無残に散らばった、俺の価値の証明である銅貨たち。


「……くそっ」


怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からない感情が込み上げてくる。

俺は近くにあった石を、力任せに蹴飛ばした。

石はゴツン、と鈍い音を立てて闇の中へと転がっていく。


これから、どうすればいいのだろうか。

金も、仲間も、帰る場所もない。

このまま、ここで野垂れ死ぬしかないのか。


そんな絶望が、冷たい霧のように全身を包み込む。

焚き火の熱ですら、その冷たさを和らげることはできなかった。


どれくらいの時間、そうしていただろうか。

やがて焚き火の勢いが弱まり、周囲の闇が深くなっていく。

どこかから獣の遠吠えが聞こえ、肌を刺す夜風が体温を奪っていった。


ふと、俺は無意識のうちに、長年の癖になっていた行動をとっていた。

さっき蹴飛ばした、何の変哲もない石ころ。

それが転がっていったあたりに、俺は視線を向けた。

そして、意味もなく【鑑定】スキルを発動させていた。

もう意味などないのに、ただの習慣だった。


どうせ「ただの石」と、表示されるだけだ。

そう思った、その時だった。

いつもと違う感覚が、俺の脳を突き抜けた。


――――――――――――――――

【名称】ただの石

【種別】鉱物

【情報】ごくありふれた石。特筆すべき点はない。

――――――――――――――――


「……▼?」

なんだ、この表示は。

今まで、こんな下向きの矢印は見たことがない。

まるで、この下にまだ情報が隠されているとでも言うようだ。


パーティにいた頃は、常に時間に追われていた。

戦闘中や、罠の解除中、鑑定は一瞬で終わらせなければならなかった。

一つの対象に、深く集中する余裕なんて与えられていなかったのだ。


だが、今は違う。

俺には、時間だけが無限にある。

俺は目を閉じ、意識を集中させた。

スキルに、もっと深く、もっと奥に、力を注ぎ込むイメージで。

追放された怒りも、裏切られた悲しみも、全ての感情をスキルに叩き込む。


すると、俺の視界の中で、スキルの名前が明滅した。

【鑑定】という文字が、まるで陽炎のように揺らめく。

そして、パキンと何かが砕けるような音と共に、まったく別の言葉へとその姿を変えた。


――【神の眼】(ゴッド・アイ)


「……神の、眼……?」

なんだ、これは。

俺のスキルは、【鑑定】じゃなかったのか。


混乱しながらも、俺はもう一度、目の前の石があったはずの暗がりに意識を向けた。

すると、さっきは見えなかった情報が、滝のように脳内へ流れ込んできたのだ。


――――――――――――――――

【真名】月光石の原石

【種別】魔法鉱物

【情報】内部に微量の魔力を宿す鉱石。月光を浴びせることで内部の魔力が活性化し、淡い光を放つ。加工することで、低級の魔道具の素材となる。純度は低いが、街の工房に持ち込めば銀貨数枚にはなるだろう。

――――――――――――――――


「……は?」

声が、かすかに震えた。

ただの石じゃない、月光石だと。

そんな話、聞いたこともないぞ。


まさか、そんなはずはない。

俺は震える手で、足元に生えていた雑草に手を伸ばした。

これも、いつもなら「ただの雑草」としか表示されないはずのものだ。

すがるような気持ちで、【神の眼】を発動させる。


――――――――――――――――

【真名】陽光草(サンキス・ハーブ)

【種別】薬草

【情報】太陽の光を好む生命力の強い薬草。乾燥させて粉末にすれば、Aランクの治癒薬の材料となる希少品。その価値を知る者は極めて少ない。

――――――――――――――――


「……Aランクの、治癒薬……?」


Aランク、それはSランクパーティのリアが使う高位の回復魔法に匹敵する。

そんなポーションの材料が、こんなダンジョンの入り口に生えているのか。

ただの雑草のように、当たり前にそこに存在しているというのか。


俺は、全てを理解した。

俺のスキルは、ゴミなんかじゃなかった。

いや、そもそも【鑑定】ですらなかったのだ。


こいつは――【神の眼】。

万物の本質を、その真の価値を、そして未来の可能性すらも見抜く力。

これは、唯一無二の特別な力だったんだ。


俺は今まで、この力の、ほんの上澄みを掬っていただけに過ぎなかった。

あまりにも巨大な力の、表層を撫でていただけだったのだ。


「……ははっ」

乾いた笑いが、口から漏れた。

「ははははははははは!」


笑いが、どうしても止まらない。

追放された絶望は、いつの間にか、とてつもない興奮と歓喜に変わっていた。

アレックス、ゼノ、サラ、リア。

お前たちは、とんでもない宝物を手放したんだ。

この力の本当の価値も知らずに、ゴミだと蔑んで、俺を捨てた。


俺は陽光草を、傷つけないように、そっと摘み取った。

それはまるで、希望そのものを掴むような手つきだった。


「もう、お前たちのためには使わない」

俺は立ち上がり、地面に散らばった銅貨には目もくれなかった。

そして、彼らが消えていった闇に背を向けた。


「この力は、全部俺のためだけのものだ」

夜の闇の中で、陽光草を強く握りしめる。

まずはこれを街へ持ち帰り、換金しなければならない。

俺の新たな人生が、ここから始まるのだ。

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