異世界、帰りません。推しの復活ライブなので
汐見りあす
異世界、帰りません。推しの復活ライブなので
チケットを握りしめる手が震えていた。
心臓も痛いくらいドキドキしてる。
ついに、ついにこの日が来た。
BUG♰LAMENT ファンの通称はバグ。
奇跡の復活。15年ぶりのステージ。
メンバー全員がクラシック音楽出身という異色のV系バンド。
退廃的で艶やかな世界観が話題を呼び、
超満員の初武道館ライブで「もう狂うことはない」の一言を残し全活動を停止。
私がこちらの世界に落ちてきた時には伝説と呼ばれていたバンドだ。
きっかけは職場の有線から流れてきた曲。
先輩は「懐かしい」とか言ってたけど、
私には雷魔法を食らった時以上の衝撃が全身を駆け抜けていた。
その日から私の日常が変わった。
バンド時代の曲、各メンバーのソロ活動、
別名義バンド、雑誌のバックナンバー、有志によるブログ等々。
時間があれば調べるのが日課になった。
今や立派なバグといっても過言ではない。
そこに今回の一報。
私の生きる意味は、このためにあったんだ。
駅へと急ぎながら、スマホでタイムラインを何度も更新する。
魂だけでも現地に届けと連続投稿する人、
グッズを身につけて記念撮影してる人、
リハーサルの音からセトリを推測する人。
もう胸が高鳴って仕方ない。
『——勇者よ。今すぐ帰還せよ』
……声がした。
だけど、私はチケットを握り直して歩調を崩さなかった。
こういうのはもう慣れている。
私の耳にだけ響く、異世界からの呼び声。
勇者としての役割。
——ただし、危機だったことなんて一度もない。
初めて呼び出されたときはあと先考えず体が先に動いた。
「勇者さま大変です!魔物の大軍が攻めてきました!!」
覚悟を決め、いつでも神の奇跡を使う準備を整えて飛び出した。
そこにいたのはスライムやゴブリンが5匹。
薙ぎ払ったら跡形も無く消し飛んだ。
「勇者さまが倒してくれたぞー!」
……って勝鬨まであげてたけどさ、あれ衛兵で十分対応できたよね?
私当日無断欠勤したんだけど。
その次は
「一大事です!王子が拐われました!」
魔王の残党の仕業かと全力で探索魔法を張り巡らせたら、今は使われなくなった古い抜け道の中にいた。
お気に入りの令嬢と逢瀬を重ねたかっただけらしい。
その後は舞踏会に強制連行されて飲まず食わずの来賓対応。
おまけにお見合いまでさせられたっけ。
帰ってから食べた半額のり弁と唐揚げにハイボール。
……涙出るほど美味しかったなぁ。
極めつけは
「シェフが急病で……以前賢者様を救ったという伝説のお料理を作って頂けませんか!」
——いやいやいやいや、私は勇者であってシェフじゃない。
なんで勇者がシェフに麦かゆを作らなきゃいけないの。
万が一の事まで考えてかゆに呪い除去の魔法を施したけれど、シェフは深酒して酷い2日酔いを起こしていただけだった。
それに、賢者様の時だって飲まず食わずで研究に没頭していたせいで……。
——勇者ってなんなんだろう。
突然光が降り注いで『魔王を倒すのです』と頭の中で声がして。
でも現実は……ただの雑用じゃん。
そうやって何度も何度も振り回されるうちに、私の心は荒みきってしまった。
「どうせ今回も大したことないんでしょ」
正直、異世界に帰るのはもうごめんだ。
『勇者よ! 危機なのだ! 古き竜が——』
……竜?
今までの呼び出しは王族や貴族の面倒ごとばかりだったのに竜?
先代勇者様が愛剣を犠牲に封印を施したというあの竜のことなのだろうか。
もしかして今回は唯一神様直々の呼びかけだったりする……?
……いや、でも。
信用できない。
それに、今日だけはぜっっったい譲れない。
何が何でも帰らない。
竜じゃなくてクマでしたーってオチでしょ。
そう結論付けた私は足を止める事なく会場に入った。
暗転。眩い照明。
異様な熱気と割れるような歓声。
そこに現れた推しがゆっくりとステージを進み、マイクスタンドを掴む。
それまでの歓声が一瞬で消えた。
推しは私の知っている誰よりも輝いていた。
——バグ共よ。狂っているか?
自然と涙が溢れた。
魔王の攻撃にも耐えた私が、膝から崩れるかと思った。
この瞬間に立ち会えたからこそ、生きてこれたんだ。
異世界? 世界の危機?
そんなもの知るか。
私にとっての世界は今、このステージに立つ彼らだ。
「あ〜……現実に戻りたくないなぁ。」
ライブが終わったあと、心地よい疲労感に包まれ、少し枯れた声で夜空に呟く。
控えめに言って神。
神過ぎて語彙力が追いつかない。
今すぐ「聖なる奇跡を唱えろ」って言われても無理かも。
ただただ「尊い」しか出てこない。
人って尊すぎると涙が止まらなくなるんだなぁ……マスカラやめて正解だったわ。
電源を入れ直したスマホを見ると、BUGLAMENTが世界トレンドになっていた。
まぁ当然の反応よね。
伝説の続きが今、始まったんだもの。
素早く自分のアカウントに打ち込む。
「今から会場で仲良くなったバグの方々に誘われて2次会!
新参者なので緊張してるけど古参バグの皆様いい方ばかりで泣きそう😭
ツアーの発表もあったし、当面はもやし生活だな〜💦」
でも、心の片隅で小さく思う。
…………古き竜、本当に現れたらどうしよう。
いや、今は関係ない。
——世界の危機より、推しのステージの方が今の私には大事。
私の世界は救われた。
クマなら狩人にでも任せればいい。
そう結論付けた私は同志の輪の中に入っていった。
——この世界に来れて本当に良かった。
「2次会のお店って決まってます? 私、この辺ぜんっぜん詳しくなくってぇ〜」
異世界、帰りません。推しの復活ライブなので 汐見りあす @rias_coast
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