第2話 首


 月曜日の仕事終わり、夕飯をコンビニで買い家路を歩く。上司から毎日のように浴びせられる罵倒に嫌気がしながらも、まるでそんなことは無かったかのような顔で道を歩くのだ。それが精一杯の抵抗だった。


 独身。ただ、一度だけ彼女ができたことがある。当時は彼女ができたことで楽しいこともあったのだが――

 付き合い始めてからちょうど1年が経つ頃だった。同棲していたアパートで彼女が死んでいた。百均かどこかで入手した縄で首を括っていたのだ。

 警察は自殺として事件を解決させようとした。しかし、俺は何か別の呪いかなんかが働いて彼女は死んだんじゃないかと思うのだ。あんなに元気だったのだから。

 自死者が出るといろいろな責任を追及される。しかし俺は、全てを彼女の親に丸投げしアパートを退去した。


 別のアパートを契約し入居をすることになった。アパートの管理者からは事故物件ということは告げられていない。俺はひとまず安心できる居場所を確保した。

 入居から1ヶ月後には生活に慣れることができた。

 会社から遠く離れる訳にはいかないので(本当は通勤時間が嫌い)前のアパートからはそんなに離れてはいない。

 だから慣れた土地勘は働く。過ごしやすいと言えばその通りだ。だが、俺自身が彼女の呪いにかかっている、という不安はあった。なぜなら、彼女に一番近い人間だったからだ。


 不審な出来事はしばらく後にやって来た。

 まず天井にできた赤い血痕。入居した当初はそんなものは無かったのだが、先日ベッドに仰向けになった時に見つけた。まったく身に覚えてのないそれは日に日に大きくなっているように感じる。

 そして彼女が使っていたスマホの番号からの着信。別の誰かがその番号を割り振られた可能性があるが、1:00に決まって毎日かかってくる。1秒のズレもない。意図的にやっているようにしか思えない。

 着信拒否をしたと安堵していた翌日、なぜか1:00にあの番号からかかってきた。俺は恐る恐る電話に出たのだが――


「次はあなたの番……」


 俺は怖くなってすぐに電話を切った。しかし――

 その次の日からもあの電話番号からの着信は続いた。

 次第につかみどころの無い恐怖に襲われ警察に相談するも、気のせいだと追い返された。

 警察署に着くと履歴は消えていたのだ。さっきまで残っていた着信履歴が。着信履歴が消えるならスクリーンショットを撮ればいい。だが、このファイルも消えてしまっていた。


 それでも会社には通勤していた。朝から晩まで働き、あの陰湿化した部屋に戻る。その繰り返しだった。そして――



 ある日の深夜。喉が渇いたから、ベッドから起き上がり台所でコップ一杯の水を飲んでいる時だった。深い夜、灯りは常夜灯のか弱い光りだけがほわほわとその周辺を照らしていた。


 ポタ ポタ ポタ ポタ


 液体のようなものが上から落ちてきた。その液体のようなものを手で触れて確認する。右手でその液体を触ると――


 液体は赤く濃く変化していく。


「うわっ!」


 思わず後ろにけ反った。


「な、なんだよ、これ……」


 そしてその出所である天井を見上げる。そこには彼女の首から上が天井に張り付いてじーっと俺を見詰めていた。体中から嫌な汗が噴き出し、生唾を飲み込んだ。その目はまだ俺を刺すように見ている。そしてそれは何も言葉を発さずにその顔は両口角を上げた。いくつか欠けた歯が糸切り歯の鋭さを際立たせる。そして――


「次はあなたの番……」

「っ!」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その部屋の隣人からの通報で301室の男性の遺体を発見。警察は詳しく調査を進めている。




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