パテナ・シンタータの誤算
ヲトブソラ
パテナ・シンタータの誤算 第1話
出典 第三惑星時代文芸作品
『きみと二人で惑星間ピクニックを。』より
(著者、執筆年、発刊年不明)
世界の終わりは、いつもそこにあるというのに。
そんな物騒な口癖の彼女。〝奇跡的な天才〟と呼ばれるパテナ・シンタータは、世界の救世主なのか、それとも破壊神なのか。
パテナと出会ったのは、惑星連盟のプロジェクトチームに参加したからだ。ぼくが携わる【バベルの図書館計画】というものは演算システムの構築であり、宇宙で起きうる物理的事象を〝予見する〟という目的を持っていた。
神という名の凄腕プログラマーが構築した宇宙で、何が、どの辺りで、どれくらい未来に、どの程度の規模で起こるのかを予見する。かなり胡散臭いプロジェクトだが、毎年、惑星連盟に計上される予算や各国政府の関与は、計画開始から六十年以上に渡り〝奇跡〟を起こすシステムとして期待されている証と言える。
「人間が宇宙を相手にすること自体、いい度胸だ」
「その先陣を切っているのは、ぼくらだけどね」
「そもそも、わたしは【奇跡】という言葉が嫌いだ」
「どうして? パテナもそう呼ばれているだろう?」
「それは皮肉か、それとも揶揄っているのか」
仮想世界へアクセスをする専用ブースに座り【バベルの図書館】の構造が可視化され塔のなかで作業をする。六角形のブロックがパーテションを表し、エリアごとに必要な分だけ繋げられ、階層として積み上げられる。神にも届きそうな〝バベルの塔〟の回廊をパテナとバディを組んで歩き回り、デバッグとコーディングをする毎日。
「タタミ君、このエリアをコーディングした人物を知っているか?」
「ここは……うちの教授連中だと思うけど、どうして?」
「世界の終わりは、いつもそこにあるというのに危機感がなく、無様で悠長だと感想を伝えたいのだが」
「パテナが丁寧な言い回しと言葉を使えるなら、伝えてみたらどうだろう?」
このように六十年経った今も、仮の構造のままのエリアもあれば、仕様書に記載されているだけで実装はされず、伽藍堂のままのエリアもある。仮想空間のファイルという部屋に閉じこもっているわけだが、外にある現実世界でHMDユニットを被って顔の隠れたパテナが〝教授連中を相手にするだけ時間の無駄か〟という表情をしているのだけは視えた。
仮想世界でも【バベルの図書館】は、神の世界に届きそうなほど天高く霞んでいるのだから、伝説や絵画にある『バベルの塔』そのものに思えてくる。人類ごときが宇宙相手に〝予見〟をしようとするのは、ある意味で神になることと同義だ。〝バベルの塔〟が伝説であれ、平和利用のものであれ、人間の歪が構築させているのに変わりはない。
「わたしたちは学者でありエンジニアだ。デザイナーでもアーティストでもない」
「ここまで歪で偏りがある構造が完璧だなんて皮肉だと思って」
「ただ美しさを人間が理解していない証拠だよ。非対称な造形でも調和が取れて美しいものがあるだろう?」
「……パテナは、絵描きになった方が良かったんじゃないか?」
「タタミ君は、わたしが〝画伯〟と呼ばれていることをご存知ないのか? 休憩時間に猫を描いてやろう。足が6本あるぞ」
「やっぱり、芸術家肌じゃないか」
いつも淡々とやや棘のある言葉選びをする彼女が「宇宙をコーディングした神は、わざと人間を愚かに創ったのだよ」と会話の文脈を紡いでいく。仮想空間にいるアバターは穏やかな笑みを浮かべるが、現実世界のパテナは、いつもの不機嫌な表情をしているのだろう。そんな想像をしているとステータス画面にある時計が、三十秒後には休憩するようにと示していた。直後、現実世界のポケットに入っている通信端末〈ターミナルコム〉が〝彼女〟からのアクセスを伝える。すると隣の天才画伯が鼻を〝すん〟と鳴らして匂いを嗅ぐ真似をした。
「私物端末を通信のできる状態で持ち込むのは禁止のはずだが、民間データの臭いがするな」
どうやら、6本足の猫がもつ嗅覚は【バベルの図書館】を惑星としたときに、そこに落ちている塵ほどの質量しかもたない〝おやつ〟というデータを見つけることができるらしい。ため息を吐きながらHMDユニットを外すと、隣のブースで意地悪な笑みを浮かべる幼い顔があった。
「近日中に勤務違反の情報を買収する具体的なプランとオプションの提示を」
真っ白な髪をかき上げながら、やさしく恫喝をしてくるパテナ。どうやら、彼女には食事なのか、飲み物なのか、何かしらのサービスで口止めを行わなければいけないらしい。
約六年前、この【バベルの図書館計画】に参加することが決まり、メンバーリストのなかにパテナ・シンタータの名を見つけると、一瞬、息が止まってしまった。それから彼女と出会い、握手をしようと伸ばした腕の先には、ぼくが子どもの頃に憧れた〝奇跡的な天才〟のままの子どもがいた。彼女のことを知ったのは十歳の時なのだが、その時に見た容姿とあまり変わっておらず、何かに化かされたようで目眩がした。
ぼくが生まれ育った惑星〝シューニャ〟と、パテナが生まれ育った惑星〝プリトヴィ〟にある各国、各機関、各大企業、各大学が争奪戦を繰り広げる〝奇跡的な天才〟である彼女。憧れた彼女の才能を見せつけられ、頭から足の先まで悪寒が走ったのは【バベルの図書館】構築の勤務初日。作業開始から一時間も経っていなかった。
彼女の影も光もない琥珀色をした瞳が視る未来には、どういう未来が視えているのだろうか。
パテナ・シンタータの誤算
第一話、終わり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます