第12話 予期せぬ告白

 私の心からの謝罪に、ラージュ男爵令嬢はフゥーッと大きく息を吐くと、背筋を伸ばし私を見据えた。


 「ユージェニー様、今日のドレスも野暮ったいと思っておられるのでしょう?」

 

 「それは……」


 「ふふふ、正直な方ですのね。でも、これ、センスが無いと分かっていて選んでいるんです」


 「えっ? それはどういう意味かしら? わざと野暮……ありえないわ」


 「ユージェニー、それは力のある家門の令嬢では思いつかない処世術なのよ。説明が難しいわね……完璧は目立つということよ。それは、思わぬ軋轢を生む可能性があるでしょう? それに……」


 マリーズはそこまで言うと、その先の答えをラージュ男爵令嬢に求めるように微笑んだ。


 「社交界は激しい競争と駆け引きの場。下級貴族というだけで、小さな嫌がらせなどよくある話ですわ。力が無いのですから。でも、それを逆手に取って利用する逞しさも身に付いていますの」


 ラージュ男爵令嬢の雰囲気が、まるで仮面を外したように、急にがらりと変わったように感じた。


 「でも、私は自分の立場を利用して……」


 「ユージェニー様は、思っていたよりずっと純粋な方なのですね」


 「そうよ。ユージェニーはまだ幼いところも、誤解されるところもあるわ。だけど、真っ直ぐな性格なの。それを男爵令嬢のように狡猾な――いいえ、逞しいたくまご令嬢たちに利用されてしまうのだけれど」


 私はマリーズとラージュ男爵令嬢の間に流れる、冷ややかな空気に困惑していた。


 「マリーズ、私にはどういう意味かさっぱり……」


 すると、しびれを切らしたようにロベル様が口を挟んだ。


 「いいですか? ユージェニー嬢。要は、あなたがお人好しだということですよ!」


 「ロ、ロベル様? ますます分かりませんわ。元々は男爵令嬢を侮辱した、わがままな私が悪いわけでしょう?」


 「あー、もう、ユージェニー嬢、だからあなたは……!」


 ロベル様の苛立ちが私にも伝わってきて、さらに困惑してしまう。


 「ユージェニー、私は、あなたはそのままで良いと思うわ。男爵令嬢、私はあなたから、どうやら同族嫌悪ってものを感じるのだけれど、どうかしら?」


 「ええ、マリーズ様。光栄にも」


 「では、こうしませんこと? 私たち、ユージェニーを挟んで友人になるというのは?」


 「……そうですわねぇ、私はユージェニー様の取り巻き第一号になりますわ。今日、モンフォール侯爵家のお茶会に出席して、風はこちら側に吹いているように感じましたので」


 勝手に話が進んでいくが、私が割り込む余地はなさそうだ。


 「ですって、ユージェニー。これから、社交界が楽しくなりそうね」


 「よく分からないのだけれど、男爵令嬢は私の謝罪を受け入れてくれて、友達にもなってくださるってことよね?」


 「はい! ユージェニー様。私は、取り巻き第一号という名の友達ですわ」


 「アハハ……本当に楽しくなりそうね……」


 (友達……今まではマリーズしかいなかったから、ふふふ。ジュール男爵令嬢って変わった方なのかも)


 ◇


 お茶会での波乱はさておき、男爵令嬢に謝罪もして、おまけに友達が増えたという感動で、数日はかなり浮かれていた。


 (ラージュ男爵令嬢が名前のセレナで呼んで下さいだなんて……友達って感じするわ! 贈り物も喜んでもらえたし、半年後の結婚式にも招待してくれるだなんて!)


 「お嬢様、ロベル副団長様がお越しになりましたが、お約束はしていないと仰られまして……。旦那様は政務で、ダン様も他家へお打合せで、お二人ともご不在です。いかがいたしましょう?」


 ニナが戸惑った様子で私を呼びに来た。


「ロベル様が? いいわ、応接間にお通ししてちょうだい」


 (急に来られるなんて、どうしたのかしら?)


「ロベル様、こんにちは」


 応接間の扉を開けると、ロベル様のよく鍛えられた後ろ姿が目に入った。


「ユージェニー嬢、お約束もなく押しかけてしまって、すみません」


「構いませんわ。それより、私に何か急ぎの用でも?」


「ただ、お会いしたかった……は通用しませんよね? 先日のクレマン家のお茶会で、ユージェニー嬢が呟いたことが気になったのです」


「私が呟いたこと?」


 私はお茶会での会話を思い起こした。

 


 ――「セレナ、どうしてキャロラインがマリーズのお茶会を邪魔したのか分かる? お茶会で何か聞かなかった?」


 「そうですわね……。少し小耳に挟んだ噂なのですが、キャロライン様が、お相手から婚約破棄されたとかで」


 「キャロラインって婚約していたの!?」


 「婚約はまだ発表前らしく、そのご令嬢以外はご存じないようでしたわ」


 「他人の知り得ない情報が手に入って、節操なくベラベラと言いふらすお方と言えば、『新聞王の娘』しか思いつかないのだけれど」


 マリーズは顔の前でハエを追いやるように手を振り、嫌悪をあらわにして言った。


 「『新聞王の娘』って……あっ! アニエス嬢?」


 「はい、アニエス嬢が同じテーブルの令嬢にだけ教えてくれました」

 

 「そうなのね……キャロラインに婚約の話があったなんて。相手はどなただったのかしら?」


 セレナは躊躇いがちに口を開いた。


 「そこまではアニエス様もご存じないようでしたが、ドット公爵様や有力家門の令息の名前が挙がっておりましたわ」


 「ドット公爵様が……婚約者探しをしている? 私以外に縁談を申し込んだというの?」


 (過去では、私がジョセフから縁談を申し込まれたのに。もう私がジョセフを好きじゃないから、未来が変わったのかしら?)


  ――「そう、ユージェニー嬢は仰ったのですよ。私以外に縁談を申し込んだのか? と」


 私は別のことを考えて口にしたことが、どうやら周囲にはジョセフにまだ固執していると聞こえていたらしい。


 ジョセフと遭遇した日から、心のどこかで突然また縁談を申し込まれないか不安があった。


 (それがなくなった、という安堵から出た言葉だったのだけれど)


 「ロベル様が考えているような意味ではありませんわ」

 

 「しかし! ……もう、はっきりお伝えしたほうが良さそうですね」


 ロベル様は私の方へ歩み寄ると、サッと目の前で片膝をついて私の手を取った。


 「もうお分かりでしょうが、私はユージェニー嬢に特別な感情を抱いています。お気持ちをお聞かせいただけますか?」


 思いがけない告白に、私の心臓は驚きと興奮で息もできないほどドクンドクンと響いている。

 

 「わ、私もロベル様の事を好ましく思っていますわ。ただ、まだ――」


 私が最後まで言い終わらないうちに、ロベル様は信じられない言葉を放った。


 「嬉しいです……縁談を申し込む勇気が湧きました!」


 「縁談? 私に!?」


 「そうですよ!」

 

 私を見つめる金色の熱い眼差しに、思わず吸い込まれそうになる。

 

 「こうしてはいられません。すぐにサレット侯爵家に縁談を申し込みます!」


 「は、はい」


 (こんな風に答えてしまっていいの? でも、このロベル様の笑顔を見ていると、私を幸せにしてくれそうな気がするわ……)


 ――私たちが気づかないほど細く開けられた応接間の扉が、静かに閉まる。


「抜け目のない奴め。早く旦那様に報告しなければ……こちらの計画を早める必要が出てきたぞ」

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