強くなりすぎたせいで、原作シナリオが崩壊した――その結果、メインキャラたちがモブの俺に集まってくる

あっとまーく

第1話 エンドサーガ





 灼けた砂と血の匂いが混ざる。

 大陸南方、レスリック王国領に口を開ける巨大な大穴――《地災の渦》。

 螺旋状に掘られた一本道のその奥は、終わりなき戦場。


 通常のダンジョンには、階層ごとに安置がある。

 だが、ここにはない。

 果てしなく湧き出す魔物の群れに囲まれ、休む間もなく戦い続ける。

 それは、生きて帰れる者がほとんどいない地獄の大穴だった。



 ――それでも、俺はここにいる。

 原作の筋書きから、これ以上逸れないように。



 そんな地獄に、たった一人で挑む男がいた。

 黒金の大剣を背負い、暗がりの中を歩む黒髪の青年――名をシオン。


 ダンジョン攻略を生業とする冒険者であり、同時に命知らずと呼ばれるソロ冒険者の一人だ。

 本来、冒険者は生存率を上げるためパーティを組むのが常識。

 だが、彼は誰とも組まない。


 理由はただ一つ。

 ――この世界を、あまりにも知っているから。


 シオンは前世、一つのゲームに取りつかれたプレイヤーだった。

 その名も《エンドサーガ》。


 魔物の習性、世界の仕組み、どこで誰が命を落とすかさえ、覚えている。

 全てを知り尽くした物語。


 今、彼はその世界の中で生きている。


 知っているということは、時に罪だ。

 ほんの小さな行動ひとつで、本来あったはずの未来を変えてしまうことがある。


 だから、シオンは一人で戦う。

 誰の運命にも干渉せず、誰の死にも責任を負わない。

 ただ剣を振るい、黙って進む。

 それが唯一、未来を知る自分に残された正しい生き方だと信じて。



「……前世で何百回も死んだ場所だ。懐かしい気すらしてくる」


 

 地災の渦――それは、エンディング後に開放される最難関ダンジョンの一つ。彼は世界を救った主人公ですら苦戦する奈落に、単身で挑んでいる。


 笑いながら、大剣を振り抜く。

 刃が肉を断ち切るたび、熱と血が舞い上がる。

 その笑いに喜びはない。ただ、生きている実感を確かめるように。


 命を削るほど、胸の奥の炎が燃え上がる。

 その異様な姿を見た者たちは、彼をこう呼んだ。

 ――《飢狼》。

 血に飢えた孤高の狼。畏怖と敬意の入り混じった異名だった。



「さて、ようやく中間地点か」



 瘴気を漏らす黒い門が立ちはだかる。

 シオンは両手で扉を押し開ける――だが、びくともしない。



「ん? 普通は開くはずだ……よな」



 脳裏に蘇るのは、前世の記憶。

 ゲーム《エンドサーガ》で、この門は中間ボスのフロアへ続くはずだった。



「開かない……? 特別なアイテムが必要だった覚えもない。つまり――何かが足りないのか?」



 進行度、イベントフラグ、あるいは――主人公の存在。

 どれも原作に登場しないモブキャラの彼には、どうすることもできない。



「本編から、逃げ続けたツケかな」



 この世界がゲームの舞台である以上、中心にいるのは主人公カシム。

 モブキャラが物語の根幹に干渉できるはずがない。



「そう言いたいんだろ……」



 ――剣と魔法が支配する世界。

 主人公カシムが、ヒロインと共に魔族を討つ王道の冒険譚。

 だがその裏で、無数のスキルを組み合わせる狂気の自由度こそがこのゲームの本質だった。


 スライムに裸で勝て。LV32に上がった最初の戦闘で負けろ。

 プレイヤーの誰もが、バカみたいな条件を検証し、何千時間も戦い続けた。

 その果てに、たった一行のスキルログが出た瞬間――世界がざわめく。


 シオンもまた、その世界に取り憑かれたひとりだった。

 この世界でも彼は剣を振り、スキルを探した。

 同じ行為のはずなのに、もうそこに歓喜も達成感もない。



「この世界に来て、初めて手に入れたスキルとかあったな」



 彼が転生したのは五年前。

 当時十二歳の少年として、小さな商会に生まれた。

 最初は原作で訪れた聖地を旅するためだけに、冒険者を選んだ。だが、いつしか自分の手でスキルを見つけ、敵を薙ぎ倒すことに、生きている実感を求めるようになった。


 人々から“飢狼”と呼ばれるほど強くなり、そして今、原作の先に立っている。



「……だが、そんな俺の物語も、ここで一旦中断だ」



 世界中のダンジョンを巡り、ここまで辿り着いた。

 だが、門が開かない以上、これ以上は進めない。



「帰るか」



 懐から転移石を取り出し、光の中に身を委ねる。

 ――その背後で、黒い門がわずかに震えた。

 彼が知らぬところで、《エンドサーガ》という物語が静かに狂い始めていた。


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