第32話
青い光に包まれて、お絹さんは黒い影ではなくなっていた。
「ミケ……いま、行くね」
白い顔はまだ悲しそう。でも穏やかなほほ笑みを浮かべている。あと少しだ!
「お絹さん。あなたを救う言葉だ。一緒に唱えてくれ。
おんあみりたていせいからうん!」
未了も祭文ではなく、真言を唱え始めた。阿弥陀経に合わせて、阿弥陀如来を信じます、という意味の真言だ。
蘭木と柴葉も声を合わせてくれる。
「「「「おんあみりたていせいからうん!」」」」
「「「「おんあみりたていせいからうん!」」」」
真言を繰り返すたびに、お絹さんの顔から苦しみが消え、穏やかになっていく。ゆっくりと呼吸をするように胸をそらせ、青い光を仰ぐ姿は清らかな水に解き放たれた魚のようだ。
「ワタクシは……ミケのところに……いけるのね」
お絹さんの半分伏せられた瞳と目があった。
「いけます。とてもきれいなところです」
おれが答える。
「ああ! ありがとう! ホントウにホントウに、ありがとう……!」
青い光に金の粒が混じり、お絹さんを包み始めた。すると、どこからともなく黒猫が現れた。
「あれ? あれって……」
「太陽先輩の家にいた黒猫?」
未了とおれは顔を見合わせた。黒猫の体の真ん中からふわりと白い光が抜け出し、式神の猫の中に入る。その瞬間、式神の猫は、今までと違う鳴き声をあげた。
「ヌアオーン!」
式神の猫はさきほどとは違ってふっくらと太り、短いしっぽをパタパタと振った。
「ミケ!! 迎えに来てくれたのね」
お絹さんが笑顔で猫を抱き上げる。
そして――黄金の光の粒は竜巻のようにお絹さんと三毛猫を包み、ものすごい速さで空に消えていった。
💀
「やった……!」
おれは合掌を解いて、光の粒が消えていった夕暮れ空を見上げた。
「ああ~緊張した~!」
蘭木がへなへなと座り込む。蘭木の手を取りながら、柴葉もしゃがみこんだ。
「まさか、黒猫からミケの魂が出てくるなんて思ってなかったね」
おれは未了を振り返る。
ミケの霊はもしかしたらずっと、麻斗家の代々の猫にとりついて、お絹さんの帰りを待っていたのかもしれない。黒猫は憑依が解けたショックからか、気を失って地面に倒れていた。
「ああ……太陽先輩のところに……つれていか……ない、と」
未了が黒猫のほうに行こうと歩き出したけれど、様子がおかしい。ふらふらしたかと思うと前のめりに倒れ、ガシャッとひざをついてしまった。
「未了?!」
おれが駆け寄ると、ブワっと視界が赤く染まった。これは……!
「?!」
ブアン、ブアン、ブアン。
前は一瞬だったけど、いまは未了をとりまく景色そのものが脈打つように何度も紅に染まっては戻るのを繰り返す。
しかもだんだん、赤が強くなっている。
「無患子くん、貴船くん? 大丈夫?」
「どうしたの? 霊力使いすぎちゃった?」
おれたちの異変に蘭木と柴葉が駆け寄る。蘭木にも柴葉にも周囲を染める赤は見えていないようだ。
「ううッ……グ……うっ」
未了が喉の辺りを押さえる。
「未了!」
白骨の手を取り、喉のあたりをおれがのぞきこむと、首の骨……頸椎のひとつが真っ赤に燃えるように光っている。ひとめで邪悪なものだと分かる不穏な邪気をまとって。
これは……?!
「強い呪いだよ、これ。どうして急に……」
まさか?
おれは周囲を見回す。
赤に染まる景色のなか。すぐそばに建つ家の屋根の上に、火柱のようなものが見えた。
きつねの窓を作り、覗いてみる。
そこにいたのは……。
「狐……??!」
赤い景色の中でそこだけが白金色をしている。狐、と思って目をしばたくと、白っぽい人間の影になった。両手で何か抱えているーーおれの窓をのぞく手が震えた。白い影が持っていたのは大きな赤髪の鬼の首だった。
「な……!」
言葉が出ない。生首だけの赤鬼はうすら笑いを浮かべているように見えた。
「貴船くん、どうしたの」
こわごわと蘭木がおれに尋ねたその声で、落ち着きを取り戻す。
あの白い影……逃がしちゃいけない気がする!
「待て!」
おれは家の前に停められていた車に駆けよった。
「貴船!」
柴葉が驚いて声をあげた。
おれは、ボンネットから車の上に飛び上がり、さらに車庫の上に手をかけて登ろうとする。車庫から更に上、屋根へと登ろうとしたけれど、ブワッと強風が吹き付け前に進めなくなる。
「っ!」
屋根にしがみつこうとしたけれど、瓦がつるつるしていて、手が滑った。
ドッとコンクリートの地面に落ちる。
「いってえ……!」
したたかに打った尻をさすって起き上がる。
白い影を探したが、もうどこにも見当たらなかった。
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