序章「交差点」その2
ここの店員らしき人が二人奥から出てきた。
咄嗟に入ってしまったが本来自分達は、『一般立ち入り禁止』の部屋に押し入ってきた迷惑極まりない集団である。
大きめの絆創膏を頬と眉上に貼った一人が自分達に向かって口を開いた。
「なんかすごい音しましたけど、お客さん大丈夫っスか?」
この場にいた全員、返答する余裕はなく、察した店員が自分達の目線先を覗く。「うおっ」と驚き、体が縦に少し跳ねた。十秒ほど立ち尽くした後、窓に視界を預けたまま、店員は口を開いた。
「あ〜なんか、とんでもない事になってるっすね。まぁ、落ち着くまで皆さんココ居てていいっすよ。俺ぇなんか飲み物持ってきますね」
そう言って、その大学生ぐらいの店員さんは
奥の冷蔵庫からペットボトルのお茶を数本まとめて胸元抱え、一本ずつ自分達に手渡してくれた。
蓋を開け、乾いた喉を冷たい感触が通り抜けていく。
一気に半分まで飲み干した後、もう一人の中年の店員が外のドアに手をかけながら話し始める。
「加藤くんの言う通り、落ち着かないかもしれませんが、どうぞゆっくりしていてください。私は揺れも一旦収まったみたいだし、ほかに怪我人がいないか外の様子を見に行ってみます。ここは頼んだよ」
加藤に軽く目配せをして外へ出ていった。
「うっす、お気をつけて」
中年の店員、名札には宮本と書いてあった。宮本が出て行った後、深呼吸してふと気になった事を問いかける。
「あの空を見ても全然驚かないんですね」
いきなり話しかけたせいで、一瞬スルーされた。質問先が自分であると気づいた加藤が返答する。
「え?あぁ、確かにそうだね、なんか訳わかんなすぎて一周回って逆に冷静、みたいな?目の前には謎の団体客様もいらっしゃってたし」
今朝の自分と似た様なものか。気を紛らわすように自分語りに口が開く。
「何となく分かる気がします。自分、今日普通に朝から授業あるのに寝坊して、ついさっき起きたのに焦りはしなかったですね」
苦笑いを浮かべながらそう言うと店員さんはハハと笑ってくれた。
「マジ?中々ピンチじゃん、まぁこんな状況になっちゃあ、学校どころじゃないよな」
そのやりとりを聞いていたのか、一緒に逃げてきた人たちの表情にも少し笑みが浮かんでいる。
嘲笑の間違いか、どっちでもいいか。
そうしていると外へ出ていた宮本が取り乱してドアを勢いよく開け、走り込んできた。
「……ッ加藤くん!、ここのシャッター下ろすの手伝って!早く!」
息も絶え絶えでかなり急いている、外で何かあったのだろうか。困惑しながらも咄嗟に言われた通り手を動かす何人かのの横で口を開こうとした瞬間。ドアのガラス部分に、矢が突き刺さった。石の鏃に、何かの鳥類の羽をつけたそれがガラス片を床に散らばらせる。
「遅かったか…こっちに向かってる………」
「何か身を守る武器になるものを探してください!!」
何故武器が必要なのか、そう考える暇もなく取り敢えず置いてあった整備用のラチェットスパナを手に取り、身構える。
他にはビニール傘、シャッターを下ろすのに使った鉄製の棒、ナットを指に嵌めてメリケンサックの様に使っている人も居た。加藤さんである。
(この人マジか)
シャッターを下ろしたおかげで、ドアをこじ開けようとする何か、それの姿は見えない。そのせいで、得体の知れない何かがこっちに向かってくるという恐怖心が自分の中で増幅した。何とか振り払おうとするが、震えは止まらない。
音が激しくなる度、右手に入る力も増していく。遂に突破されると思ったその瞬間、背中の方から何かを振り上げたような空気の揺らめきを感じ、振り返った。遅かった。
全身から体毛が生え、犬のような頭を持ち、木と鉄を継ぎ接ぎにして作った素朴な鎧の様なものを身に纏った所謂、コボルトと言われている怪物が自分めがけて直剣を振り下ろすのが目に映る。
「やべッ……」
咄嗟に受けようとするが間に合わず、その剣先が上着ごと自分の身体を切り裂く。幸い、切られると同時に後ろへ飛び退いたことで即死するような深手にはならなかったが、バランスを崩して自分はそのまま床に仰向けに倒れ込んだ。
胸の辺りから対角線状に垂れる液体がシャツを赤く染めていく。呼吸が乱れ体温が下がっていくのを感じながらも意識を保つため、周りを見渡す。
「空」の変化にいち早く気づいたあのお姉さんは鍔迫り合いになるも押し負け、腹を曲刀で突き刺されて倒れ込んだ。
喧嘩を一緒に収めてくれたお兄さんの背中には何本か矢が刺さっていて、横になってすでに事切れていた。
「 」
言葉が出ない 自分の目の前で今、人が殺された。何もわからない化け物に。
潜んでいた呼吸と鼓動が吐きそうな程激しく鳴り響く。冷静に冷静にと働かせていた思考は目の前の光景に支配された。そのせいで、怪物にまだ息があると気づかれる。自分の方に近づいて来た。
表情には笑みが浮かんでいた。純粋な殺意、一歩ずつ近づいてくる。視界だけが正常に機能するのを呪った。
思う通りに動かない身体を這いずって逃げようと試みたが、逃げれる訳も無く、背中を踏みつけられて剣が天井に向かって振り上げられた。
詰みか、今際の際に思い浮かんだのは両親の姿。頼むから二人だけでも生きていて欲しい、
欲を言えば平とか皆んなも。
こんな状況でも他人の事を自分は考えられるのか、少し嬉しい気がする。ひゅっと風が耳元で素早く凪いだ。
次の瞬間、室内に響いたのは俺の断末魔ではなく、骨が砕かれる音と、剣が床に叩きつけられる音。
「立てる?」
そう差し出された右手は金属特有の鈍い光を反射していた。その手を掴み、肩を貸してもらいながらゆっくりと立ち上がる。
「加藤……さん…」
「もう大丈夫だから、俺たちだけでも逃げよう。怪我してるみたいだけど走れるか?」
正直、この身体で全力疾走しようものならそのまま傷口が小学生の頃見ていたアニメの猫みたいに裂けてそのままぶっ倒れそうだ。
「傷口はそんなに深くないんすけど……無理そうっす、一旦…休ませて下さい」
「分かった。ん〜、走り抜けられないとすると
他に逃げ方を考えねえとなぁ、どうすっか……」
室内にいた二匹?の怪物は加藤さんが撃退したようだった。不思議な事に、死体は消えていて、その代わり中に詰まった何かで膨らんだ革の鞄と、奴らが使っていた剣や弓などの装備品だけが床に散乱している。
傷口を押さえながら、魅力的なファンタジー武器はスルーして、鞄の方へ立ち歩く。
「……?そんな所に鞄なんてあったっけ?」
「多分、アイツらが持ってたものだと思います。もしかしたら何かしら使える物がって痛ぇ...入ってるかもなんで、調べてみます」
「おっけい。それじゃあ、俺は奥に君の怪我に使えそうな物がないか探しに行ってくるよ。あぁ後、くれぐれも無理せず、安静にね」
そう言って休憩室から奥の廊下に進んでいく背中を見送り、鞄の前で膝をついた。
限界まで中身を詰めていたからか、今にも千切れそうなボタンの留め具を外す。鞄を開いてみると、青緑色の液体をガラス小瓶にコルクで蓋をした物が数個入っている事が分かった。
これが自分を救う手助けになるようにと小さく祈る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます