第8話
大雨が降っている。
雨の中ランタンを片手にずぶ濡れになった騎士達が近づいてきた。
『この先は行き止まりだぞ』
数人の騎士が叫んだ。
私は上を見上げると大きな山が背後に見える。
真っ暗な中だがなぜか山は良く見えた。
土臭い匂いが立ち込めて、私は高笑いをする。
『この国はもうおしまいよ。みんな死ぬの!私が少し力を加えればこの山はすぐに崩れるわ』
高笑いをしながら言うと騎士達は一瞬山を見上げる。
『数日の大雨で山が崩れやすくなっているんだ。土石流が起きてもおかしくないが……』
『神殿の信託者だから魔力はあるが……』
騎士達が呟くと後ろからカイネス殿下の声が聞こえる。
『この国を亡ぼすのは結構だが、すべてお前の思い通りに行くのが気に食わない』
顔はカイネス殿下そっくりだが、髪の毛を伸ばしていて1つに結んでいる。
無表情なカイネス殿下は抑揚のない声で言うと右手に大きなサファイアの宝石を持っていた。
城に保管されているあのサファイアに間違いないと直感で分かる。
宝石にしては大きいが、まだ成長をしていないようだ。
『思い通りになんていっていると思う?あなたの心は私に向かなかった!私を愛してくれなかった』
大雨の中叫んでいる私にカイネス殿下は薄く笑う。
『お前など愛するわけがないだろう。むしろ殺してやりたいぐらいだ』
そう言うと、宝石を手に持ったまま近づいてくる。
無言で私の首根っこを掴むと素早くサファイアを口の中に突っ込んだ。
突然の出来事に対処できずにいると、カイネス殿下によく似た男性は低い声で呟いた。
『その命をもってシエラに償え』
カイネス殿下は短剣を取り出すと一気に私の喉元を刺した。
ドンという衝撃に私は目を覚ます。
「なに、やけにリアルな夢だったわ」
いつもと変わりない天井の景色と、自分のベッドに居ることを確認して安堵の息を吐く。
自分が刺されたような感覚に思わず首元を触った。
カイネス殿下に殺されるなんてなんていう悪夢だろうか。
浮かない顔でリビングに行くとすでに起きていたモーリス叔父様とヘレン叔母様が朝食を食べていた。
暗い顔をしている私を見てヘレン叔母様が眉をしかめる。
「また変な幽霊に取り憑かれたの?」
「ちがうわよ。悪夢を見たの」
あの日帰ってから塩のお風呂に入れさせられて、これでもかというほど塩を振りかけられた。
また塩を撒きそうな叔母様に私は首を振る。
「悪夢?今日は、寒かったからかしらねえ。雪が降りそうよ」
窓の外を見るとどんよりとした曇り空だ。
風も強く寒そうだ。
「そうかもしれないわね」
「今夜は舞踏会なのよ。行かれるの?」
心配そうな叔母様に叔父様も頷いている。
「舞踏会こそ一族が結託して宝石を売る機会だ。いけるのか?」
「大丈夫よ。夢見が悪かっただけだから」
私の言葉に二人は安心したようだ。
夢見は悪かったが舞踏会に行かれないほどではない。
ため息をついて私も朝食を食べ始めた。
夜になり、馬車の中から外を見ると白い雪が降り出してきた。
ハラハラと白い雪が風に待っているの見て何か思いだしそうになる。
せつない気分になっていると、磨いていた指輪を叔父様が渡してきた。
「この指輪の石は良くカットできているな。少しの明かりでも良く輝いている」
「そうでしょう。夜のパーティー用にと考えてカッティングしたのよ」
光を反射させるようにするのに数年も研究したのだ。
自慢気に鼻を鳴らす私に叔父様は頷いてくれる。
「流石だな。これは売れるぞ。夜のパーティー用だという事をアピールして行こう」
「そうね」
叔父様と私は頷いていると、今度はヘレン叔母様から大きな巾着を渡された。
ずっしりとした重さに驚きながら巾着の中を見るとぎっしりと塩が詰められてる。
「何これ」
「お祓い用の塩よ。また体が可笑しくなりそうな時は頭からかぶりなさい」
真剣に言う叔母様に私は巾着を返す。
「いらないわよ。重くて持てないわ。それにもう幽霊は取り憑いていないと思うの」
そう言ってみたものの、幽霊は自分の中に居る気がする。
悪夢を見せたのはその霊に違いないという確信があった。
大きな宝石を口に詰められて殺された女性の霊だ。
研究室で聞いた話と全く同じような夢をみたのだから間違いない。
あの幽霊が取り憑いてていたとしたら最悪だ。
カイネス殿下に恨みを持っていたようだった。
そこまで考えてふと気づく。
カイネス殿下の訳が無いと。数百年前の女性の幽霊だったら夢に出てきた彼そっくりな人は親戚なのだろうか。
「ほら、降りるわよ。何かボーっとしているわね、塩を掛ける?」
叔母様に不信な目で見られて私は首を振った。
「大丈夫よ」
塩を掛けられたたらまらないと慌てて馬車を降りた。
さすがの叔母様もパーティー客が沢山いる場所で塩を撒くのを諦めたようだ。
文句を言いながら巾着をしまっていた。
お茶会と同じ会場だが、夜になると雰囲気が全く違う。
部屋は明るいが、豪華なシャンデリアや立食という点では一緒なのに出ている料理が違う。
サラダや揚げ物、ケーキなども昼間のパーティーよりは手が込んでいる物が多い。
「凄く美味しそう」
「食べてもいいがほどほどにして、商売繁盛だぞ」
叔父様に小さく言うとさっさと挨拶周りを始めてしまう。
後で叔父様に合流しようと私は料理を選び始めた。
「ルクレア」
カイネス殿下に名前を呼ばれて私振り返った。
騎士服姿のカイネス殿下が私のすぐ傍に立っていた。
「わっ、良く私が解りましたね」
人がたくさんいるのによく見つけたものだと驚く私に、カイネス殿下は軽く笑う。
「どんな人込みでも見つける自信はある」
「はぁ。そうですか」
愛しい恋人に言っているような雰囲気の甘いセリフにポーっとしそうになるが、きっと魔法騎士独特の能力の様なものだろう。
私の作った青いピアスがカイネス殿下の耳で輝いているのを見て嬉しくなる。
「魔法具の調子はどうですか」
私が聞くとカイネス殿下は耳に手を当ててピアスを撫でた。
「とてもいい調子だ。何回か魔法を発動しても壊れていない」
「それは良かったです。でもいつかは壊れますから、その時はまたオーダーしてくださいね」
質の悪いアクセサリーは魔法に耐えられず石が割れることがある。
研磨の時からひびが入らないように細心の注意をしているおかげだろう、効果は上々のようだ。
カイネス殿下の背後では年頃の女性と母親たちが声を掛けようとタイミングを計っているのが見えた。
その様子に微笑んでいるとカイネス殿下は私の背を押す。
「少しいいか」
「はい」
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