第3話
「でね、カイネス殿下は私の事心配してくれたのよ」
叔父様の家に帰ってきてから私はカイネス殿下がどれだけ素敵かを話す。
お屋敷の居間でお茶を飲みながら魔法具であるアクセサリーの留め具を調節しながら叔父様は軽く頷いている。
「もう何度もその話は聞いた。ルクレアが子供だから危ないと思ったんだろう」
気のない叔父様の返事に私は頬を膨らます。
「違うわよ。私に一目ぼれしたのよ。だって、私もカイネス殿下の事一目で好きになったもの」
大きな声で言う私に、お茶菓子を持って来た叔父様の妻ヘレン叔母様が微笑みかけてくれる。
「夢のようなお話ね。おとぎ話みたい」
「おとぎ話よりたちが悪い。ルクレアはもう18歳なんだぞ、王子様と結婚なんぞ夢を見てどうする」
突き放すようないい方をする叔父様にヘレン叔母様は微笑んだままテーブルにケーキが乗ったお皿を置いた。
「でも、もしかしたらってこともあるわよ。お互い未婚なんですし何も問題はないでしょう」
「万が一でも無い。カイネス殿下は女遊びもしないようなお方だから、女に興味が無いんだ」
「私には興味あるみたいだったわよ」
私が言うと、叔父様はますます呆れた顔をする。
「バカバカしい」
「それより、お城の池はとても綺麗なんだけれどそんなに危ないの?」
誰でも近づけるような雰囲気だったが、危ないのなら柵をするなど対策をしてほしいものだ。
叔父様はアクセサリーの調節をしながら肩をすくめた。
「危ないなんて聞いたことが無い。まぁ、落ちる馬鹿も居ないだろう」
「噂は来たことがあるわ。昔、若い女性が落ちて亡くなったことがあるらしいわよ」
叔母様は私の前に座ってケーキを口に運びながら言った。
叔父様も思い出したように頷く。
「かなり昔の事だろう、100年だか200年だか、その一人だからよっぽど間抜けだったんだろう」
「はぁ、でもそんな昔に亡くなった方が居るなんて。だからカイネス殿下は心配していたのかしら」
呟く私に叔父様は興味無さそうだ。
「そうだ、ルクレアが研究室に入る許可が降りた」
叔父様は思い出したように言うと手のひらサイズのメダルを渡してくれる。
銀で出来たメダルは中心にサファイアの石が嵌められており鈍い色を発している。
何人もの手に渡って来たようで所々傷がついている。
「これは何?」
私が聞くと叔父様も自分のポケットから同じものを取りだした。
「これが、研究室と宝石管理室へ入ることが出来る証明書になる。入口に立っている騎士に見せれば通してくれる」
「わぁ、凄いのね」
「用事が終わったら返却するから、大切に扱いなさい」
叔父様に言われて私は頷いた。
「これ、穴が開いているからひもを通してもいいの?」
「かまわん。ひもを通してベルトに着けていたり、首から下げている奴もいる」
「なるほど。私も首から下げるわ」
無くすとは考えられないが、間違いなくかなり大切なものだろう。
もし無くしたら大事になるだろう。
私の提案に、ヘレン叔母様も頷いた。
「それがいいわよ」
「叔父様、研究室に入れるという事は保管されている100カラットのサファイアの宝石を見学できるのね」
我が国の城には国宝として保管されている大きなサファイアの宝石がある。
厳重に保管をされていて、普通は見れないのだがこの入館証があれば見られるはずだ。
今回私は王都に来たのは、このサファイアも見たかったからだ。
「昔から見たいと言っていたからな……」
叔父様は私に微笑みかけてくれる。
何度も叔父様の家に遊びに来ているが城に入ることは今までできなかった。
今回やっと叔父様の仕事と同じ魔道具を作る彫金師として作品を納品するために入城する許可が降りたのだ。
私の職人としての力が認められたので、魔道具保管庫に出入りできるのだ。
100カラットのサファイアは有名なもので、その大きさよりも言い伝えが奇妙なのだ。
別名呪われたサファイアと呼ばれている。
その昔、可哀想な神官の女性が居て失恋をして死にその呪いがかかっているらしい。
夜中になると女性の鳴き声が聞こえてくるという逸話がある。
なぜか詳しい話は出てこず、城に厳重に保管されているという事は確かだ。
そうそう見れるものでもないらしく、魔法騎士か私たちのように許可書を持ったものしか入れない部屋に置いてあるらしい。
幽霊が取り憑かれているかどうかより、100カラットの宝石を私はまだ見た事が無い。
ぜひ一度見てみたいと思っていたのだ。
信心深い叔母様は顔色を悪くして声を震わせた。
「大丈夫?女性の霊が取り憑いているんでしょう。そんな宝石を見たら呪われないかしら」
「大丈夫よ。叔母様は心配性ね。私100カラットの宝石なんて見たこと無いから楽しみだわ。うちの採掘場でも大きなのが出ないかしらね」
私が言うと叔父様はもっともだと頷いた。
翌日私は浮足立って城へと向かった。
叔父様は仕事で朝早くから城に来ている。
早く大きな宝石が見たいと早速、研究室へと向かった。
途中騎士が出入りを確認していたために首から下げている入館証のメダルを見せるとすぐに通してくれる。
「これ、すごく便利だわ」
まるで城の偉い人になったかの気分になってメダルを眺めた。
魔道具保管庫は城の別の塔にあり、トボトボと渡り廊下を歩く。
メダルを見ながら歩いていると前からカイネス殿下が歩いてくるのが見えた。
「ルクレア嬢、なぜここに?」
私の姿を見ると驚いたように声を掛けてくれた。
「魔道具保管庫と研究室の出入りが許可されたので、ずっと見たかった100カラットのサファイアを見せてもらおうと思ってきました」
私が言うとカイネス殿下は一瞬眉をひそめた。
「あの宝石はあまり近寄らない方がいい」
「えっ、やっぱり女性の霊が取り憑いているんですか?」
まさかカイネス殿下も霊の存在を信じているのかと驚きながら聞くと彼は首を振る。
「霊はわからないが、あまり良い噂を聞かない」
「でも、ただの宝石ですよね。何か魔術が施されているんですか?」
「……魔術は施してあるが、昔この国が洪水の危機になったことがあるのは知っているか」
カイネス殿下に聞かれて私は学校で習った歴史を思い出し頷いた。
「聞いたことあります。200年ほど前ですよね、何日も大雨が降って城の裏の山が崩れそうになったって」
王都の城の裏に大きな山脈が連なっている。
標高も高く、今眺めてもとても崩れてくると思えないがその時小さな土砂崩れが繰り返された。
このまま雨が続けばもっと大きな山崩れが起きて王都の半分は埋まってしまうか消滅をしてしまうかもしれないという危機があったのを習った覚えがある。
私が頷くと、カイネス殿下は城の裏から見える山を見上げた。
「大災害になる直前、魔法騎士達が率先して防護の魔法をかけた。それも自然の力に勝てなかった。土砂災害が起きるのは時間の問題だったが、魔力の強い女性が選ばれその命の力を使い宝石守りを強化した。その時に使われたのが保管されているサファイアだ。守りを固めるために、もう1つ石垣にもサファイアが埋まっている」
「それ、本当ですか?」
もしその話が本当ならば、歴史に残ってもいいぐらいの感動的な話だ。
首をかしげる私にカイネス殿下は真面目に頷いた。
「もちろん。魔法騎士になると習う事だ」
「そんなこと知らなかったわ」
私が言うとカイネス殿下は頷く。
「女性の命を犠牲にしているから表立って言う事は出来ないのだろう」
「それでも100カラットのサファイアは見て見たいわ」
どんな云われがあっても、大きな宝石を見る機会は無い。
ワクワクして私が聞くとカイネス殿下はため息をついた。
「危険は無いと思うが、俺もついて行こう」
「えっ、本当ですか?嬉しいです」
今日もカイネス殿下に会えたことも奇跡的にうれしいが、まさか宝石を見るのに付き合ってくれるなんて幸せすぎる。
頬に手を当てて喜ぶ私を微笑ましく見てカイネス殿下は頷いて歩き出した。
「保管されているのは、この先の研究室だ。一応呪いがあると言い伝えられている為に厳重に保管されている」
「呪いは本当にあるんですか?」
カイネス殿下の後を追いながら聞くと彼は首を振った。
「もし、呪いがあるのなら俺が殺されているだろう」
小さく呟いた声が私は良く聞こえなくて聞き返す。
「えっ?なんですか?」
カイネス殿下は答えてくれなかった。
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