第2話 妹と再会しました

「……」

 扉の先にあったのは、賑やかな空間だった。右手側にはカウンターがあり、その奥では何人もの女性が忙しなく動いていた。左手側は広間になっていて、多くの人で賑わっていた。

「あ、転生者の方ですねー。こちらへどうぞー。冒険者登録を受け付けますのでー」

 すると、カウンターの方から声がした。どうやら俺が呼ばれたらしい。

「……しゃーないか」

 自称女神の言われた通りにするのは癪だが、ここは大人しく流されておくか。カウンターに向かい、ピンク髪の受付嬢と対面する。……これが噂のピンク髪か。実際に見ると、かなり目が痛いな。

「はい、それでは冒険者登録を行います。というかもう登録しました。これが冒険者カードです」

「仕事が早いな……」

 受付嬢はそう言って、何かのカードを手渡してくる。……登録の自由すらなく、既に登録完了しているのが理不尽さを加速させてる。

「お名前はルシフルさん、保有する加護はなし、適性職業もなし、初期装備は日本刀が二振りとなっています。こちら、初期装備です」

 カードに続いて、受付嬢が渡してきたのは鞘に収められた刀二本。ご丁寧に、腰に差すためのベルトまで付属している。……あの自称女神、マジで何もかもお見通しかよ。

「それでは、冒険者についての説明を―――」

「……ルシフル?」

 武器を押し付けた受付嬢が説明を始めようとしたところで、背後から俺の名前を呼ぶ声がした。聞き覚えのある―――というか、忘れたり間違えたりする余地のない声に、俺は反射的に振り返っていた。

「……アスモ」

 そこにいたのは、一人の少女。黒いゴスロリ風のドレスを纏い、黒縁の伊達眼鏡を掛けた、ツインテールの女の子。だが、彼女の一番大きな特徴はそこではない。……結われた髪は雪のように白く、眼鏡の奥に佇む瞳は鮮血のように赤い。これは、俺とお揃いの色であった。それが意味するところは、至極簡単である。

「あんたも転生? してたのね」

「それはこっちの台詞だっての」

 彼女の名前はアスモ。俺の妹である。こいつの髪と目の色は、俺と全く同じだ。つまり、俺たちが兄妹である何よりの証だった。……まさか、こいつも一緒に転生していたとはな。

「ってことはつまり……」

「まあ、そうね。私も殺されたわ」

 だが、こいつがここにいて、同じタイミングで転生してきたということは、だ。アスモも、俺と同じく殺されたことになる。……勿論、分かってはいた。こいつが死んだということも、それがこいつの望みだということも。だが、妹が死んだという事実を目の前に突き付けられて、俺も少なからず動揺してしまった。

「ったく……なんで死んでまであんたの顔を見ないといけないのよ? 他のみんなは? あんた以外はいないの?」

「……知らね。俺も今来たところだし」

 けれども、アスモの生意気な口調に、俺は平静を取り戻した。……俺とアスモの兄妹仲は、正直あんまり良好ではない。アスモは俺に対してやたらと当たりがきつく、口を開けば生意気な言動ばかり。他の兄弟相手はもっと素直で大人しいのだが、何故か俺にだけはこの調子である。まあ、これも可愛げと思えば悪くもないが、異世界転生とやらに巻き込まれた先で合流出来た相手としてはあまり喜ばしくはない。

「……ま、独りぼっちよりは多少マシと割り切るしかないわね。あんたも一応は家族だし」

「それもこっちの台詞だな」

 とはいえ、不幸中の幸いである。……あの不気味で意味不明な自称女神によって、唐突に捻じ込まれた人生の延長戦。ぶっちゃけ、俺一人であれば真面目に生きるのも馬鹿らしくて、自暴自棄になっていたのは想像に難くない。しかし、アスモが傍にいるのであれば話は別だ。妹を守るという、明確な生きる目的が出来る。

「あ、そちらの方も転生者ですね。隣で受付しますので、どうぞこちらー」

 俺がアスモとの再会を喜んでいると、空気を読まない受付嬢(俺の受付をしていたのとは別人)がそんなことを言ってくる。……そういえば、俺も受付の途中だったか。

「ねぇ……この、冒険者? っていうの。どうする?」

「なんかもう登録してあるみたいだぞ」

 アスモが冒険者登録に迷っているようだったので、俺はさっき感じた理不尽仕様を教えてやる。

「はぁ? 何で勝手に……!」

「文句はあの自称女神に言ってくれ」

「あいつか……」

 案の定、理不尽仕様にキレるアスモ。こいつが俺に当たる前に、ちゃんと責任の所在を伝えておいた。悪いのは全部自称女神。あいつが諸悪の根源である。

「まあ、とりあえず説明くらいは聞いておこうぜ? これからどう動くにしろ、情報がないとやってられないからな」

「分かったわよ……」

 俺が宥めると、アスモは大人しく隣の受付に行った。後は向こうの受付嬢に丸投げしよう。

「わりぃ、説明の途中だったな」

「いえいえ~。では、冒険者について説明しますね」

 俺も受付に戻り、受付嬢に中座したことを詫びると、彼女は気にした様子もなく説明を再開してくれた。

「まず、先程お渡しした冒険者カードですが。冒険者にとっては身分証となるので、絶対に紛失しないようにして下さい。ギルドでのクエスト受注の他、宿の利用でも必須になりますので」

 言われて、俺は先程渡されたカードを見る。俺の名前や、色々な項目が書かれていた。しかもわざわざ日本語である。

「続いて、クエスト受注についてです。あちらの掲示板にクエストが貼り出されているので、お目当てのクエストを見つけたら、受付にて受注申請をして下さい。受注申請をせずにクエストをこなしても無効となるのでご注意を」

 そしてクエスト受注の説明。受付嬢が指さしたのは広間のほう。さっきは気づかなかったが、壁に掲示板が取り付けられていて、そこに何枚もの紙が張り出されている。……クエストは探求って意味だった気がするが、受付嬢の説明を聞くに仕事の依頼書のようなものだろうか?

「クエストの中には魔物討伐をするものもあるので、戦力に不安がある場合はパーティを組んで参加して下さい。パーティ申請も受付で承ります」

 パーティと言われると宴会的なイメージがあるが、確か部隊って意味もあったはずだから、要するにチームのことだろうか。魔物とやらがどれくらいの強さかは知らないが、確かに戦力は多いに越したことはない。

「魔物の討伐クエストの場合、冒険者カードが自動で討伐数をカウントするので、討伐証明の類は不要です。パーティ単位でのクエスト受注となるので、止めを刺したのが誰でもパーティ全体で1体ずつカウントされます。逆に言うと、事前にパーティ申請を出していないと共闘しても討伐数に反映されないので、ご注意を」

 魔物を倒した場合の証明は不要、パーティを組めばメンバーのうち誰が魔物を倒したかは問わない、と。

「装備の手入れや強化に関しては、町に武器屋などの専門店があるので、そちらをご利用下さい。消耗品の類も道具屋で取り扱っております」

 武器の修繕や強化には専門の店を利用する必要があるらしい。ということは、金も必要なのだろう。

「そして、こちらは転生者に支給される通貨、ゴールドです。全額で1万ゴールドですが、一旦5000ゴールドだけお渡ししておきます。残りを引き出したい場合や、余りを預けたい場合は、ギルドの受付をご利用下さい。ご利用には冒険者カードが必須なので、重ねて紛失にはご注意を」

 金が必要なのは不安だったが、何とそれも支給してくれるらしい。金貨が詰まった袋を渡される。物価が分からないから価値も不明だが、それは後で調べればいい。それと、ギルドが銀行の役割も果たしてくれる、と。

「その他、分からないことがあればいつでも受付で尋ねて下さいね。……説明は以上となりますが、何か質問などはありますか?」

「そうだな……」

 受付嬢の説明が終わって、俺は聞いたことを纏めて思案する。……要するに、冒険者とは魔物とやらを倒して日銭を稼ぐ職業なのだろう。魔物の強さや物価など、現状では分からないことが多いので何とも言えないが、少なくとも職業として成立するのだから、何とかやっていける程度の収入はあるんだと思う。とはいえ、今はまだ分からないことが多すぎて、何を聞けばいいのかすら分からない状態だ。

「とりあえず、今はいいや」

「分かりました。では、今度何かあれば遠慮なく聞いて下さいね」

 そう言われて、受付が全て完了する。さて、アスモのほうも終わった頃だろうか。

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