第三十二話

 夜の帳が下りた頃、都市部から外れた、アステリオンの港。

 港といっても、エルカが潜空艇ウィーバーウェルで降り立ったような活気のある場所ではなく、人けも街灯もないような、暗くて怪しい場所だ。


「こ、こんなところでオークションが開かれるんですか……?」


 エルカが港の端から首を伸ばすと、眼下に広がるのは底の見えない闇。

 きっと昼間ならば、雲の隙間から海が見えるのだろうが、灯りがない今では、虚無が満ちているように感じる。


「人身売買がされるような非合法のオークションだからね。人目につくような場所ではやれないってことでしょ」


 手紙に同封されていた地図を見ながら、デミアが答えた。

 人目を避けたいにしても、もっといい場所があるような気がする。

 それとも、こんな港でないといけない理由があるのだろうか。

 そんなことをエルカが考えていると、彼女の視界に灯りがちらつき、喧噪が耳に届いた。


「なるほど、そういうことね……」


「わぁ……」


 目の前の光景に、納得を口にするデミアと、驚嘆を漏らすエルカ。

 二人の目の前には、潜空艇ウィーバーウェルをも凌ぐ、巨大な潜空艇が停泊していたのだ。

 ……たしかに、潜空艇が会場ならば、港で行うしかない。


「まぁ、でっっけぇ船ですわね……」


 エルカとデミアの後方で、エレオノーラが扇子で口元を隠しながら驚嘆する。


「エレオノーラ、今回の作戦に必要だからついてきてもらったけど、作戦の前には目立たないようにしてよね」


「分かっていますわ、デミアさん。――では、向かいましょうか」


 エレオノーラは、デミアが持っていた封筒を手から抜き取ると、二人を先導して潜空艇へ向かう。


「失礼ですが、招待状の確認を……」


「ええ、どうぞ?」


 潜空艇の側部にある舷門の前に着くと、その付近にいたドアマンに、エレオノーラは封筒を華麗に見せつけた。

 ドアマンは、封筒に羊と八芒星の紋章が描かれていることを確認すると、巨大な扉を押し開く。

 その瞬間、船内から響いてくる轟音と笑い声。

 人けのないはずの夜の港が、一瞬にしてアステリオンの街と同等の騒がしさに包まれる。


「ようこそ、お嬢様方。カジノ、『クラウドシープ』へ」


 オークション会場である闇カジノの内部へ、三人は足を踏み入れた。

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