呼ぶなかれ

乃東 かるる

迷信と馬鹿にする馬鹿者よ


 昔から「死者を俗名で呼んではならぬ」と伝えられていた。

 

 いみなを隠し、俗名を捨てるのは、死者を冥土へ送り出すためにある――


 俗名を呼ばれれば死者が成仏できず化け物になって戻って来てしまう。


 だが、若者たちはその戒めをくだらない迷信と嘲った。


 酒席で、最近死んだ古老の俗名を面白半分に呼び合った。



 その夜、最初の異変が訪れた。



 呼んだ者たちの家の窓障子に、べったりと濡れた手の跡がいくつも並んでいた。

 次の晩には、戸口の土間に古老と共に埋葬した履き物が置かれていた。泥でぐっしょり濡れて。


 やがて一人、真夜中に自分の名前を呼ばれて飛び起きた。

 

 そこには、顔中を土と蛆に覆われた古老が立っていた。


 口を大きく開き、黒く溶けた舌でべちゃりと笑う。


 翌朝、その若者は喉を引き裂かれ、死んでいた。

 

 怪異を見てしまった若者の妻から訪れた者の話を聞き恐れおののいた村人は僧に縋った。僧は首を横に振り、低く告げた。

 

「それはもう、誰にも止められぬ。死者は俗名に縛られ、呼んだ者を一人残らず迎えに来る。呼んだ者が尽きるまで、祟りは止まらぬ」


 実際、その通りになった。


 ある者は、夜明け前に屋根裏で首を吊られた姿で見つかり、ある者は、囲炉裏の火に引きずり込まれて黒焦げとなり、またある者は、仏壇の前で舌を食いちぎって息絶えていた。


 村人は皆、声を潜めて語り合った。

 

「俗名を呼んだ連中は、もう一人残らず……」


 やがて最後の一人が消えたとき、祟りは不意に途絶えた。


 僧はただ合掌し、言葉少なに呟いた。

 

「自業自得よ。名とは魂、呼ぶは縛り、背くは死なり」


 ――以来、その村では、死者の俗名を口にする者はいなくなった。

 

 今も名を呼べば、祟りが戻ると恐れられている。



 何が怖いって、これ私の実家の地域の昔話なんですよ。

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