通知オン

44-3 (よっしーさん)

L→P

就寝間近、机の上で充電している携帯が振動音と共に光った。寝る前なのでマナーモードにしていたがどこからか通知が来たようだ。

私に来る通知などゲー○ーズの予約開始などのお知らせくらいしかないが妙に気になったので確認してみる。


PINEの通知1件


touchIDで携帯を開くと数ヶ月前に亡くなった元カレからだった。

「おやすみ」のただ短い文字列だが不思議に涙が溢れた。

彼の死は彼の家族から確認をとった。だからこその届くはずないメッセージ。私はおやすみと返し、彼のことを調べると心に決めて就寝した。


翌朝は少し遅く起きてしまった。携帯を確認すると彼からメッセージが届いている。


「おはよう由美。目の下が腫れているよ?」


まるでこの場に彼がいるみたいな言い方だ。

でも彼なら私が泣くことくらい予測してもおかしくない。もしも彼が生きているのなら、とありえないことを考えてしまう。

彼の、彼からのメールでセンチメンタルになってしまう。今日は会社を休もう。そしてアポはとってないが彼の家族へ会いに行ってみよう。この胸の蟠りを解消しないと仕事に身が入らない。


彼の親に連絡を取ったら近くの喫茶店で待ち合わせとなった。以前、彼に連れられご両親に挨拶しに行った時に連絡先は入手していたがこんなことで役立つとは思わなかった。

どうやらお母様が店内にいるようなので店に入って同席する。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「いえ全然。それで会って話したいとのことだったけどどうしたの?」

「それが恵太くんから昨晩メッセージが届いたんです。それでその事について何か知っていることがあれば教えてもらいたいなと思いまして訪ねた次第です」

恵太。それが彼の名前だ。

「実際に見せてもらってもいい?」

「もちろんです。寧ろ見せようと思ってました」

私は彼とのトーク画面を見せる。

「既読がつかない状態で新しく送られてるしたぶん送信予約をしていたんじゃないかな」

「そんな機能があるんですか?」

「ええ。PINE自体の機能じゃなくて外部ツールなんだけど」

「なるほど…そんな機能があるなんて知らなかったです。でも、なんで昨日から急に始まったかわからないんですよね」

「恵太の中で大事な日とかだったと思うけど思い当たる節はある?」

「一応ありますね」

「聞いてもいい?」

「昨日って実はXデーだったんです。多分、いやこれが絶対理由ですね」

「そう…残念だったのね」

「本当に彼は亡くなったんですか?」

「ごめんなさいね。恵太からは言わないように言われてたんだけど恵太は重病で入院していたのよ。それでこんな姿は見せたくないと言われて貴方に伝えられなかったの。そのせいで大事な時に側にいさせてあげられなかった。本当にごめんなさいね」

「ー そうだったんですね。すみませんちょっとお手洗いに」

堪えきれなかった。私は何もできない、できなかった。させて貰えなかった。私は彼に信頼してもらえてなかったのだろうか。

もし私が彼の側にいることができたら。と、どうしようもないもしもを考えてしまう。

そんなことは無駄とわかっているのに。

個室には洟泣いきゅうしているただの女の子がいた。


ずっと毎朝、毎晩と彼からメールが届く。彼には届かないと思っていてもつい返してしまう。おはよう、おやすみ。と、段々と内容は簡素になっていく。推測が上手い彼でも何ヶ月も先のことはわからないらしい。

彼はもうこの世にはいないと嫌でもわかってしまう。

そして、そろそろ今晩のメールが届く頃。

通知音が聞こえてPINEを開いた。


「おやすみ。ごめんね。期限の関係でこのメールが最後になっちゃうんだ。由美との日々は本当に楽しかった。今までありがとう。由美には由美自身の人生がある。どうか自分を大切にしてほしい」


何が書いてあるか脳が理解を拒む。それでも向き合わなければならない。

もう彼との虚像の関係も終わってしまう。楽しかった日々が走馬灯のように流れていく。

彼の文面も視界がぼやけてもう見えない。なんとか保っていた心が崩壊してしまう。

私は届かないとわかっていてもこのうたを送らずにはいられなかった。

西行法師の力を借りて。


嘆けとて月やはものを思わするかこち顔なるわが涙かな


※※※


枕を濡らした夜から日は経ってだいぶ安定してきた。仕事も順調で大きなミスなく日々を過ごしているが何か足りない。この喪失感は中々消えるものでもないだろう。

帰宅中、久しく鳴っていなかった通知音。電車内なのでマナーモードに切り替えてかPINEを開く。


「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末にあわむとぞ思ふ」


電車内というのに思わず声が出てしまった。彼が崇徳院の再会を願う詩が送ってきた。彼は実のところ生きているんじゃないか?

そして手に伝う振動音。


「新浦安駅北口階段下で待ってるよ」


気がつけば今まで送ったメッセージに全て既読がついている。新木場から西船橋行きの奴に乗っていたので都合もいい。いや、彼ならそれを想定している。溢れそうな涙を上を向いて堪える。今涙を流したらメイクが崩れた悲惨な顔で彼と会う事になってしまう。


新浦安駅に着いて少し急ぎ目に階段を下る。前まであったスムージーの店がスマホの修理を請け負う店になっていて少し悲しいが今は気にしている暇がない。

改札を出て右に曲がるとバスロータリーが見える。階段を下った先の木の下に彼はいた。

久々の再会だ。何ヶ月も会っていなかったがその辛さや悲しみが吹き飛ぶ。


「なんで何も言ってくれなかったの?」

「ごめんね。長いことICUにいたからさ」

「どこか具合が悪いの?」

思わず抱きしめてた腕を離す。

「もう大丈夫。担当医からのお墨付きでの完治だよ。こんな痩せ細った身体でごめんね」

「全然。でも紗希さんから亡くなったって聞いてたんだけど」

「それは僕がお願いしたからね。だってずっと機械を付けてる姿は見せたくないし、仮に治療が失敗してしまったら由美はもっと悲しむでしょ?」

「それはそうかもだけどさ、ならなんで送信予約なんかして私にメールしたの?」

「治療が成功したときに由美が他の男に捕まってたら嫌だもん。泣いちゃうよ?」

「そんなわけないのに」

「それもそっか。由美、ただいま」

「おかえり。恵太」


これからはまた一歩ずつ歩んでいく。2人で。

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