第七話 崩れ行く絆

軍の訓練が終わり、今度はソヨルを執務室に呼び出したカイは頭を悩ませていた。


「カイさん。お話することがあったのではないのですか?」


「少し待ってくれるか。今から聞くことはとても聞きにくいことなんだ。」


カイは先ほどミゲルから聞き出した情報をまとめた紙に目を落とす。


ミゲルはソヨルとの間にあったことを赤裸々に話した。


聞いているだけで鼻がむず痒くなってしまったが、二人の現在の関係について聞くことができたのはありがたかった。


「もしかして僕とミゲルさんとのことについてですか?」


なかなか話を始めないカイに痺れを切らしたソヨルに図星を突かれ、思わず目を逸らす。


「今軍内に広まっている噂については知っているか?」


「はい。何でも僕とミゲルさんが男女の関係にあるとか、ミゲルさんが今まで多くの男性と関係を持ってきたとか。」


「それらは嘘なんだな。」


「はい。真っ赤な嘘です。」


ソヨルの眼差しからは冗談のようなものは感じられない。


しかし、カイはここで話を終わらせることはできなかった。


「実はこの話を団長にもしたんだ。そうしたら、妙な答えが返ってきてな。」


「妙な答え?」


「確かに男女の関係はない。だが、そう捉えられてもおかしくない行為はした、と。」


「なるほど…確かにそうですね。」


ミゲルの言葉に嘘はなかったらしい。


そうなるとカイも黙って知らないふりをすることはできない。


カイは意を決してミゲルの話をまとめた紙をソヨルに差し出した。


「これは団長から聞き取った内容をまとめたものだ。もし、本当にこれらのことを行っていたのならこちらは厳重注意をしなければならない。」


「やはり、まずかったですかね。」


ソヨルは悪戯が見つかった子どものような表情を浮かべている。


「この事態の深刻さを分かっているのか?」


「はい。このままだとミゲルさんの立場が危ういことも。」


「ならば、嘘でも否定をしろ。」


カイとて仲間を自ら追放するなんてことはしたくない。低く呟いた言葉には本音が滲み出てしまった。


「僕は自分がしたことを否定したくありません。確かに傍から見れば軽率な行動に思えるでしょうが、僕はそれなりの覚悟を持って彼女に触れています。」


「しかし、そのせいであいつが売女だの魔性の女だの決して言われて嬉しくなることはない侮辱の言葉を浴びせられたり、あいつを危険な目に遭わせたりする輩が出てくることについてはどう思うんだ。」


「僕が彼女の傍で守り続けます。どうしても無理なときはレオさんに頼んで彼女を一人にさせないようにします。」


「そのレオが素直に協力してくれると思うか。」


「え…?」


カイは眼鏡をついと押し上げると、深く腕を組んだ。


「レオは…今朝、恐らく噂を聞いてからまるで訓練に集中できていなかった。それで、訓練が終わった後俺に言って来たんだ。『ミゲルは俺の手に負える奴じゃなかった。』って。」


「それって…。」


「恐らく噂を信じてしまったんだろう。なんであいつが素直に信じてしまったのかは分かないがな。」


「そんな…。」


カイは苦虫を嚙み潰したような表情で、今朝のレオの顔を思い浮かべる。


思いつめたような表情だが、目はどこか虚ろでまるで覇気がない。


カイはそんなレオを見かねて思わず声を掛けてしまったが、返ってくる言葉はどれも曖昧なもので、詳しいことは何も分からなかった。ただ、彼がミゲルに対して何か思うことがあるというのは明白だった。


カイはソヨルがミゲルに対して特別な感情を持ち合わせているということは知っていた。また、レオもそれに近しい感情をミゲルに抱きつつあるというのも薄々感じ取ってはいた。だからこそカイにはソヨルに言っておかなくてはいけないことがあった。


「お前が団長に対してどんな感情を抱こうがそれは個人の自由だ。だが、それが軍の不利益になるというのなら俺は見逃すことはできない。厳しいことを言うようだが、これは大人としての務めなんだ。色恋沙汰で軍が崩壊など笑い話にもならない。お前にはしっかりこの騒動を収束させることを約束してほしい。」


ソヨルははっとしたような表情でカイを見つめる。


「はい。お騒がせしていてすみません。僕がなんとかします。」


執務室に響いたソヨルの声は驚くほど冷淡なものだった。




数刻前―


一人で訓練をしていたミゲルは、急にレオに呼び止められていた。


「どうしたんだ。レオ。」


「なあ、ミゲル。お前は、その…誰とでもそういったことをするのか?」


「そういったこと?」


「えっと…。つまり、大人の関係ってやつ…。」


「…!」


突如発せられた言葉は、ミゲルの深い傷跡を抉るものだった。


レオが言うことだ。ミゲルを不快にさせたくて言ったわけではないだろう。しかし、頭では分かっていても、胸に重いものがのしかかる。


「わりぃ。女性に聞くことじゃないってのは分かってる。でも、噂を聞いたらどうしても確かめたくなっちまって。ったく、そんなわけないのにな。」


「ごめんなさい…。それを否定することはできない。」


「は?嘘、だよな…。」


レオは縋るような目でミゲルを見つめる。


ミゲルはその目から逃れるように俯いた。


「だって…。私はシリウスのことは愛していない…。愛していないのにそういうことをしたの…。」


「それは…。」


「仕方がなかったって思う?確かに私は無力だった!拒むことなんてできなかった!でも、最終的に受け入れたのは私、私なのよ。」


「あのときはきっと恐怖で受け入れることしか頭になかっただけだろう!あいつらが卑怯だったんだ。」


「違う…違うの。」


「え…?」


「私、愛する人がいながら私を抱かざるを得ないシリウスを哀れに思ったの。その心の空洞を少しでも埋めようと私は…。」


「何だよ、それ…!」


レオはミゲルの顔を見ることができず、脇目も振らずに訓練場を抜け出した。


ミゲルはそんなレオを呼び止めることもできずにただ立ち尽くすことしかできなかった。


レオの胸には怒りとも悲しみともつかない黒いものが蠢き始めていた。







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