第四話 日差しの中で
「単刀直入に聞く。お前は女の身でありながらこの軍の団長をしているというのは本当か。」
アモルの正規軍の男はミゲルを睨みつけながら問う。
ミゲルはその視線に息を呑むと、なんとか言葉を絞り出そうとするが、声が出ない。
「答えろ。何ら難しい問いではないだろう。」
「…。」
急かしても答えないミゲルに男は痺れを切らし、俯くミゲルの右腕をいきなり掴んできた。
「何をする…!離せ!」
「答えないのなら力づくで調べるまでだ。」
「なっ…。」
ミゲルの顔から血の気が引いていく。
奴隷として生きていた幼少期に受けた仕打ちを思い出し、全身が総毛立つ。
「嫌…!」
ミゲルが震えながら拒絶しても、男は手を離そうとしない。
それどころか腕を掴む力をさらに強くし、さらに背後から別の男に身体を取り押さえられる。
(誰か、助けて…!)
恐怖から逃れるようにきつく目を閉じると、バタバタと大きな足音が聞こえてきた。
「何してるんだ!お前ら!」
怒気を孕んだ声は聞き馴染みのある声だった。
「レオ…!」
「ミゲル?お前らそいつから離れろ!」
レオが男たちに掴みかかろうとしたところで男たちはミゲルから離れた。
「お前たち…アモルの正規軍か?」
「そうだ。俺たちはこいつに用があって来たのだ。」
「ミゲルに?何の用だ。」
男はミゲルにちらりと視線を向けると、ミゲルの前髪を無理やり掻き上げ、顔を露出させる。
恐怖の色に染まった顔が男の瞳に映る。
「やはり…話は本当のようだな。この顔を見れば一目瞭然だ。」
男はミゲルの顔から手を離したと思うと、いきなりミゲルの頬を平手で打った。
バチンと派手な音が部屋に鳴り響き、白い頬が赤く染まった。
「おい!何すんだ!」
レオは思わず平手打ちをした男の胸ぐらを掴むが、男は一切動揺する素振りを見せず淡々と告げる。
「王を欺いた罰がこんなもので済むと思うか。」
「は?なんだよそれ…。」
レオが困惑するのも構わず、男はミゲルを睨むと、丸まった背中を踏みつけた。
「ぐっ…。」
「おい、女狐。王を欺いているという自覚はあるのか?」
「欺く…?何のことだ。」
「とぼけるな。女の身でありながら団長という地位を手に入れたことだ。一体どんな汚い手を使ったんだ。」
「そんな手、ミゲルは使ってない!」
レオは男の脚を蹴るとミゲルを庇うように立つ。怒りの炎を灯した瞳で男を睨みつける。
「今、こうして男に守ってもらっているような女がなぜ団長になれたというんだ。」
「大の男が数人がかりで囲んできたら誰だって怖いだろう。普段のミゲルを見てもいない奴に何が分かるんだ。それに、女性を恐怖で支配しようとするなんてお前たち卑怯だぞ。」
「別に支配しようとはしていない。まったく、お前みたいな者がいると調査が進まない。他の者から話を聞こう。朝早くから悪かったな。」
正規軍の面々はぞろぞろと部屋をあとにする。
「ミゲル、大丈夫か?」
「ああ、少し驚いただけだ。」
「強がんなよ。膝が笑ってるぞ。」
ミゲルは思わず苦笑いをする。
レオの言う通りだった。恐怖で震える身体は言うことを聞いてくれない。
「ったく。脅すような真似して…。あいつら自分が何してんのか分かってんのか?」
「だが、あいつらが言ったことは一理ある。アウルス国王には事情を話していないから結果的に欺いていることになるのだろうな。まさか、こんなに早く素性の話が広まってしまうとは…。」
「わりい…。守れなくて…。」
レオはミゲルの赤くなった頬を見て顔を顰める。
自分が噂を止めることができていれば、彼女をこんな目に遭わせなくて済んだのにと思わずにはいられない。
後悔の念が胸をきつく締め付ける。
「お前のせいじゃない。だから、そんな顔するな。」
「けど、怖かっただろう。自分より体格の良い男たちに取り囲まれるっていうのは。それに、お前の素性がアウルス国王にバレたらまずいんじゃ…。王城に連れ戻されるってことはないよな。」
「そうだな…。連れ戻されるだけならまだしも、最悪処刑されるかも。」
「そんな…。」
レオは言葉を失ってしまう。
ミゲルを失う恐怖で背筋が凍るような感覚を覚える。
「ミゲル。」
「何だ。」
「俺はお前が目の前からいなくなるなんて一瞬たりとも考えたくねえ。」
「そうか…。そんな風に言ってくれるだけで、思ってくれるだけで嬉しい。」
「何諦めたような顔してんだよ…。」
「え…?」
レオはミゲルの冷え切った手を握り締める。
触れた手からはソヨルのものとはまた違う不器用な温もりが伝わってきた。
「俺は…。お前を失うくらいなら、全てを投げ打ってでもお前を守る。たとえお前がまた『そんなのいらない!』って拒んだとしても。」
「レオ…。そんな、ソヨルみたいなこと言って、どうしたんだ?」
「ソヨルみたい、か…。そうだよな。ソヨルに守ってもらう方が嬉しいか。」
「本当にどうしたんだ?一体…。」
レオはミゲルの問いには答えずじりじりと壁に追い詰める。
いつもと様子が違うレオにミゲルは困惑を隠せない。
ミゲルはレオから視線を外そうとするが、握られた手がそれを許さない。
「俺はお前を守りたい。お前を泣かせたくない。お前のことを思ってるのは何もソヨルだけじゃない。だから俺も頼ってくれ。」
「わ、分かったから手を離して…。」
レオは一瞬手を離すが、再び彼女の手を取り素早く口づけた。
「レオ…!?」
「俺は本気で言ってるんだからな。また俺を拒んだって今度こそ離さない。」
レオはミゲルを射抜くような瞳で見つめる。
ミゲルはそんなレオから一瞬たりとも目が離せなかった。
初夏の日差しが差し込む部屋で二人は時間を忘れたように見つめ合っていた。
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