第三話 独占の代償

ソヨルは拠点の執務室で頭を悩ませていた。


数日前にミゲルの口から話された衝撃の事実―。


ミゲルが四六時中クリフに監視されているというのだ。


監視魔法はそれほど優れた魔力を持っていなくとも比較的扱いやすく、実用性の高い魔法だ。しかし、その便利さ故、悪用する者が後を絶たないと言われている。


彼女はそのことを知って以来、気が気でないようだ。


女性である彼女が男性に四六時中監視されているというのは恐怖でしかないだろう。


ソヨルはできる限りミゲルの横にいて守ってやりたいが、それであらぬ誤解を生むのがミゲルにとっては耐えきれないようだった。


(それに、想いを伝えた日からなんとなく距離を置かれている気がします…。)


クリフに監視されていると聞いたとき、ソヨルの中で何かが切れた。


クリフに対してはもちろんのこと、何でも一人で抱え込もうとするミゲルに対しても怒りを覚えてしまった。


なぜ自分を頼ってくれないのか。そう思った瞬間、彼女の首筋に口づけていた。


物分かりの悪い彼女を戒める為にした口づけは、彼女にとって衝撃的な行動だったらしい。


首筋への口づけは独占欲の表れ―


その意味を彼女は知っているだろうか。


誤解を避ける為、痕をつけることはしなかったが、監視をしているクリフに見せつけてやろうという気持ちはあった。


「そういえば…今朝はミゲルさんとクリフさんの姿が見えませんでしたね。」


「お呼びですか?」




声のした方を振り返ると、クリフがにやつきながら執務室の入り口に立っていた。


「執務室に入るときはノックをしてください。ここでは重要な情報も扱っているのですから。」


「すみませんね。少し急用があって。」


「なんでしょうか。」


「アモルの正規軍が近々こちらに伺いたいというのですよ。」


「正規軍が?なんの為に。」


「さあ、そこまでは分かりかねます。」


クリフは口ではそう言うが、いかにも何かを知っているという顔でにやつきを抑えられていない。


「あまりふざけていると承知しませんよ。」


「そんな口利いていいんですか?僕はあなたと団長との秘密の関係を今すぐ軍内に広めることもできるんですよ。」


「どうせそのうち広めるつもりなのでしょう。それも、大幅に事実を捻じ曲げて。」


「察しが良いですね。それなら、団長の第三の秘密にももう気付いてそうだ。」


「ええ。知っていますよ。」


ソヨルは表情を崩さず、淡々と答える。クリフはそんなソヨルが面白くないのか、気づかれないように舌打ちをした。


「一つ聞いても良いですか?あなたが団長のことを想う度、彼女は立場が危うくなるんです。本当に彼女のことを想うのなら、今すぐにでも距離を置くべきなのにどうして彼女の傍を離れようとしないのですか?」


「それは、僕のエゴです。もう、彼女が僕から遠ざかっていくことが耐えられない。それだけです。」


「自覚はしているのですか…。まあ、彼女にした口づけを見れば分かりますがね。」


「やはり、監視しているというのは本当なのですね。今すぐやめていただきたい。」


「本当は羨ましいんでしょう。それほど独占したいのならあなたも監視すればいいではないですか。」


「馬鹿らしい…。」


クリフは執務室を出ようと扉に手を掛けたときふと、ソヨルの方を振り返った。


「あなたは団長をどうしたいんですか?彼女は魔性の女です。多くの人から愛されるのに、彼女自身は人を愛することを拒んでいる。おまけに、二人の子どもまで設けている上、心には大きな傷を抱えている。正直、愛人にするならまだしも、妻にするにはハズレですね。」


「人をそんな目でしか見ることができないのですね…。あなたは可哀想な人です。」


「それ、団長にも言われました。でも、僕も彼女が嫌いという訳ではないんですよ。お人形として愛でるなら彼女以上に優れた人はいないでしょうし。」


「なっ…。」


ソヨルが言葉を発する前にクリフは姿を消した。


(このままだと、ミゲルさんが危ない…。)


クリフの笑みには明らかに危険な色が滲んでいた。


たとえ拒まれたとしても、彼女の横に居続けなくては。ソヨルは、決意を胸に執務室をあとにした。




翌日―


ミゲルが軍の拠点に訪れると、何やら見慣れない顔が並んでいた。


「お前たち何をしている。」


「無礼者。アモルの正規軍に随分な口の利き方だな。」


「正規軍が何の用だ。また、ちょっかいをかけにきたのか?」


「口を慎め。俺たちはそんな暇ではない。」


辺りを見回すと重厚な軍服を着た男たちがミゲルを囲っていた。


「貴様、名前は。」


「ミゲルだ。」


ミゲルが名乗った瞬間辺りがざわめいた。


「ほう。お前が団長か。ちょうどいい。俺たちはお前に用があって来た。」


「オレに…?」


ミゲルが怪訝な表情を浮かべると、ひと際体格の良い男がミゲルの顔をじっと見つめる。


「俺たちはお前らの軍の動向について、厳しく監視していた。以前の衝突もアモル軍の小隊がお前たちが妙なことをしていないか監視していたところだった。」


「妙なことはしていなかったのになぜ突っかかって来たんだ。」


「小隊の奴らには疑わしき芽はすぐに摘むように言っている。あいつらに怪しまれるような行動を取ったお前たちに非がある。」


「面倒なことを吹き込んだな。おかげでこちらは迷惑を被っているのだが。」


「言っておくが立場は俺たちの方が上だ。これ以上面倒事に巻き込まれたくないのなら今ここで全てを吐き出してもらえるか。」


「何を疑っているんだ。」


ミゲルは男を睨みつけるが、男は全く動じることなくミゲルを睨み返した。


「単刀直入に聞く。お前は女の身でありながらこの軍の団長をしているというのは本当か。」


ミゲルはひゅっと息を呑んだ。


ミゲルを睨みつける瞳は血が通っている人間のものとは思えないほど冷たかった。



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