第二話 守りたい理由
「ミゲルさん。武器の補充終わりました。」
「そうか。ありがとうアンナ。」
アンナは優雅に一礼をする。
そういったところから彼女はやはり育ちが良いのだということを実感する。
「他にお仕事はないですか?」
「ああ、大丈夫だ。本当に助かった…。」
アンナはミゲルが大量の仕事を抱え込んでいたのを見かねて手伝うと申し出たのだった。
「ミゲルさん。ソヨルさんと喧嘩でもなさったのですか?」
「別に…そういう訳ではないんだが…。」
「ですが、いつも軍のお仕事はお二人が中心となってされていたのに、今日ソヨルさんはずっと訓練の指導をされていたのでどうしたのだろうと思いまして。」
「それは…。」
ミゲルは黙り込んでしまう。
確かに今日ソヨルに訓練の指導を任せたのはミゲルだった。
ソヨルには以前から指導を任せたいと思っていたからではあったが、全く個人的な感情が無かったと言えば嘘になる。
彼の顔を見る度、どうしようもなく切ない気持ちが胸に湧いてしまうのだ。
「愛している。」と言ってくれた彼。その告白に対して自分がどういう感情を抱いているのかは分からない。
その戸惑いから気まずさが生まれてしまっていることもあるが、それ以上に彼を失うことへの恐怖がミゲルの胸を埋め尽くしてしまう。
「えっと、何か事情があるのでしたら無理して話さなくても良いんです。ただ、ミゲルさんもソヨルさんも少し元気が無いようだったので心配になって…。」
「ソヨルが?」
「はい。ですが、元気が無さそうといってもなんとなくそう見えるって感じだったので、思い違いかもしれませんけど…。」
「そうか…心配かけたな。オレは大丈夫だから。ソヨルとも本当に大したことはないんだ。」
「なら良かったです。またお困りでしたらいつでもお声をかけてください。」
アンナはミゲルの言葉に安心したのかにこやかに微笑んだ。
訓練場では団員たちが思い思いに鍛錬を行っており、熱気が漂っている。
時折、ソヨルの元には指導を求める者が尋ねに来るのをソヨルは嫌な顔一つせずに真摯に向き合っていた。
「レオさん、良い感じですよ。以前よりも斧を振るった時の隙が少なくなりましたね。」
「当然だ。毎日朝早くから鍛錬してるんだからな!もうミゲルに負けたくないからな。」
「良い心意気です。では、お次は魔法の練習もしましょうか。」
「げ…。俺は魔法はもう諦めてんだよ。」
「とんでもない!せっかく優れた魔力をお持ちなのですから宝の持ち腐れにしては勿体ないですよ。」
「はーい。」
「それでは拘束魔法からいきましょうか。敵を捕らえるときに必要ですからね。僕にかけてみてください。」
レオは指輪を嵌め、神経を指輪に集中させる。
右手が熱を帯びていくのが分かると、ソヨルに向かって右手を向けた。しかし、ソヨルには何の反応もない。
魔力を右手に集中させようと、だんだんと腕に余計な力が入ってしまう。
「やっぱりだめか…。」
「惜しいところまで来ていますよ。」
「こんなんじゃミゲルに笑われちまう…。」
「ミゲルさんはそんなことしませんよ。」
ソヨルはレオを励ますが、レオにとっては不服だったらしい。
僅かに眉を顰めると射抜くような目でソヨルを見つめた。
「俺は、ミゲルより強くならなきゃ駄目なんだ。そうじゃなきゃミゲルを守れねえ。」
「守る?」
「ああ。ミゲルにはもう孤独を感じてほしくない。」
「それなら大丈夫ですよ。僕が必ずあの人をお守りしますから。」
「は?」
そう言って立ち去ろうとするソヨルにレオは怒りか焦りか分からない感覚を覚えた。
レオは咄嗟に右手を伸ばし、ソヨルの動きを止めた。
「あれ?すごいですね。魔法かかりましたよ。」
「さっきの言葉、どういう意味だよ。」
レオは金色の目に怒りの炎を浮かべながら問う。
ソヨルはその迫力に一瞬息を呑むが、すぐにレオを見つめ返す。
「そのままの意味ですよ。僕が彼女を守りますから、レオさんが気を揉む必要はないということです。」
「俺は…ミゲルを守りたいから強くなりたいんだ!確かに今のままじゃ無理かもしれないけど、俺にだってミゲルを守らせてほしいんだよ。」
「なぜ、そう思うのですか?」
ソヨルの言葉にはっとする。
確かに自分はなぜミゲルを守りたいと思うようになったのだろう。
たしかそう思い始めたのはミゲルの素性が軍内に広まったときだ。
その前に見たミゲルの笑顔を曇らせまいと、必死に彼女を守ろうとしたのだ。
「俺はあいつに暗い顔してほしくないんだよ。ただ笑っていてほしい。あいつはただでさえ暗い過去背負ってるわけだし。」
「それだけですか?」
「え?」
「それだけの理由ならわざわざレオさんが守る必要もないでしょう。僕がミゲルさんを笑顔にすれば良いだけの話ですし。」
ソヨルにしては珍しく意地悪な物言いだ。
だが、言っていることはもっともである。わざわざレオが力をつけて守ろうとしなくても、ソヨルが頑張れば彼女は笑っていられるだろう。実際、彼女が一番心を開いているのはソヨルだ。
では、なぜ自分はミゲルを守りたいのだろうか。
レオは悶々と考えたのち、とある一つの結論に至った。
「あいつが…好きだから…。」
「え?」
「俺はミゲルが好きなんだ。友達としてなのか恋人としてなのかはわからないけど、俺はあいつが大好きだから強くなって守りたいって思うんだ。」
「そうですか…。」
「ありがとうソヨル。お前のおかげで自分の気持ちに気づけたよ。」
「それは良かった。それでは、僕とあなたで同じ気持ちを持つ者どうし協力してミゲルさんをお守りしましょう。」
「ああ、ん?同じ気持ち?」
「はい。僕もミゲルさんのことを女性としてお慕いしているので。」
ソヨルが耳打ちした言葉はレオにとっては衝撃の事実だった。
「おま…それって。」
「もちろん他の方には内緒にしてくださいね。僕も今日レオさんから聞いたことは一切他言しないので。」
「わ、分かった…。」
(つまり…、俺とソヨルはライバルってことか…?)
ソヨルは自分の言ったことの重大さに気づいていないのだろうか。
いつもの柔和な笑みを浮かべる彼に少し苛立ちを感じると共に、自分の器の小ささに悲しくなる。
レオはこれからソヨルとまともに渡り合っていけるのか、今から不安でたまらなかった。
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