第十二話 秘められた想い
「今日の演説素晴らしかったですよ。」
クリフは少しからかうような口調で上辺だけの賞賛の言葉を口にする。
「それはどうも。」
ミゲルは挑発に乗るまいと、悔しさを飲み込みむ。
一応丸く収まったとはいえ、今後自分の身に何が起きるかは分からない。
軽蔑され罵倒されるならまだしも、変に気を遣われてしまう方がミゲルにとってはこたえる。
何とか次の一手を考えなくてはいけない。そう考えていたところに「二人きりになれないか。」と耳打ちしてきたのはクリフだった。
「あなたの泣き顔はなかなかくるものがありますね。その顔で今までどれだけの人を手玉に取ってきたんでしょうね。」
「話したいことはそれだけか?オレも暇ではないんだ。」
ミゲルは低く告げると、クリフはわざとらしく肩を竦めた。
いつもどこかおどけているような態度を一切崩さない彼が腹立たしくなる。
「いやあ、せっかちですね。あなたがヘマをしたせいで取引をやり直すことになったんですよ。」
「ヘマをしたのはそっちの方だろう。あの攻撃がなければお前は死んでいた。」
「部下の一人の命の為にあんな捨て身の攻撃をしなくても良かったのに…。僕があの時死んでいたら秘密も守られて都合が良かったじゃないですか。」
クリフはミゲルの思いなど馬鹿らしいとでも言いたげだ。
ミゲルは奥歯を噛みしめ、クリフの瞳を見つめる。口調は陽気な響きを滲ませているが、目は一切笑っていない。
「では、取引の話に移りましょうか。僕は今からあなたの三つ目の秘密をお教えします。この秘密が軍の命と天秤にかけるに値するかあなたが判断してください。」
「え…?」
クリフはミゲルの耳元に口を近づける。
ミゲルは身が強張らせ、ぎゅっと目を閉じる。クリフはその反応に笑みを零し、ミゲルの耳にそっと手を触れ、耳飾りを奪い取る。
ミゲルが目を見開いたと同時にクリフはとある言葉を囁く。
「あなたは―――なんですよ。」
「う…そ。」
声が掠れ耳が遠くなっていく。
「どうです?この秘密は軍の命と釣り合うものですか?」
「分からない…。でも、たぶん釣り合わないと思う…。」
「そうですか。」
クリフ鼻を鳴らすと、急にミゲルを抱きすくめた。
「なにするの!」
「あまりに震えていたので落ち着かせようとしただけですよ。いつも副団長にやってもらっているようにね。」
「なんですって…!どうしてそんなこと…。」
「僕の魔法です。僕が魔法をかけた相手を四六時中監視できる魔法。偵察にはとても便利ですよ。」
「…!いつから、そんな…!」
「初めての取引の際、こっそりかけさせてもらいました。あなたが約束を破ることがないように。」
ミゲルは自分の震える身体を掻き抱くようにして蹲る。クリフはそんなミゲルをさも愉快そうに見下ろすと言葉を続けた。
「あなたの女の顔が知られてしまうのは流石にまずいですよね。副団長にも迷惑がかかります。今度はこのこととあなたの秘密と軍の命を天秤にかけましょう。」
「私とソヨルはそんな関係じゃ…。」
「どうでしょうねえ。夜の部屋で抱き合っていたことは事実でしょう。いくらでも事実は捻じ曲げられますよ。」
「本当にそんなことをしたら許さない…。」
クリフは口元を歪めると、ミゲルの耳に耳飾りを戻した。
「取引成立ですね。ああ、可愛いです…その苦痛に歪む顔。できればずっと見ていたいです。だからどうか、そのままのあなたでいてくださいね。」
ミゲルの背にぞくりと悪寒が走る。
クリフの思惑に翻弄されることしかできない自分が無力で情けなかった。
カルシダの屋敷にはソヨルしかいなかった。
カルシダとソニアは出かけてしまったらしい。
ソヨルはカルシダの代わりに家事を淡々とこなしていた。
「おかえりなさい。ミゲルさん。」
「ああ、ただいま。」
食卓の上にはおいしそうな料理が湯気を立てている。
ミゲルはソヨルを手伝おうとするが、もうほぼできているからと制される。
手持無沙汰になったミゲルは何となく長椅子に座り身を縮こませる。
「ミゲルさん。クリフさんと何かあったのですか?」
「あ、ああ…。ソヨルに隠し事はできないな。」
ミゲルは戸惑いながらも“第三の秘密”以外の先ほどあったことを包み隠さず話した。しばらく穏やかに話を聞いていたソヨルだったが、ミゲルが監視されていたことを話すと一瞬深紅の瞳がギラリとした光を帯びた。
「ソヨル?」
「いいえ、何でもないです。ところで、ミゲルさんは僕があなたのことどう思っているかご存じですか?」
「は?そんなの分かるわけ…。」
ミゲルが言いかけた途端、ソヨルはミゲルの首筋に唇を落とした。
熱い感触と痺れる感覚に思わず吐息が漏れる。
「ソヨル…!?」
「何でしょう?」
「この姿も見られてるんだって…!」
「構いません。もう二度と一人で抱え込もうとしないと約束するまで離れませんよ。」
「や、約束する…。」
ソヨルは言葉通りミゲルから離れるが、その瞳には持て余した熱が浮かんでいた。
「ソヨル…どうして…?」
「いつまでも一人で抱え込もうとするあなたに分からせてあげようと思ったんです。不快だったのなら申し訳ありません。」
「不快なわけない…。それでも、この姿を見られたらクリフの思う壺なんだ。ソヨルが誤解されるのだけは嫌なんだ。」
「ご心配ありがとうございます。でも、僕は僕の想いを誤解なんて言葉で片付けてほしくない…。僕は生半可な気持ちであなたを愛していません。」
「え…?」
ソヨルの口から紡がれたのは信じられない言葉。いや、ミゲルが今まで必死に見ないふりをしてきたソヨルの想いだった。
ごめんなさい―。
胸に浮かんだ言葉は想いに気づかないふりをしていたことに対する謝罪か、それとも拒絶の意なのか今のミゲルには分からなかった。
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