第十一話 告白

賊との戦闘を終え、軍の本拠地に戻った一行の視線は無遠慮にミゲルに注がれていた。


「まさか、本当に女だったのかよ…。」


「美女で体つきも良い…。噂通りだな…。」


ミゲルは視線を痛々しく感じながらも黙って前を向き歩みを進めた。


「おい、クリフ。お前は団長が何で男のフリしてんのか知ってるんだろ?教えてくれよ。」


団員がクリフに耳打ちをする。


「残念ですがそれは僕も知りません。せっかく目の前に本人がいるのですから直接聞いてみればいいじゃないですか?」


クリフはおどけた様子で答える。あえてミゲルの耳に届く声で話しているのか、ミゲルには丸聞こえだった。


「それは…皆揃ってから話します。」


ミゲルがそう言い切った瞬間、扉が開かれた。


「はーっ。疲れた。あれ?お前らもう帰ってきたのか。」


残された団員たちが訓練から戻ってきた。


「ただいま。」


「ミゲル!?その姿…。」


レオたちは目を見開いた。


あれほど素の姿を隠したがっていたミゲルが、少女の姿で団員たちの目の前に立っている。そのことはレオたちにとって衝撃的だった。


「ミゲルさん。無理に話すことはありませんよ。」


「ううん。私が話したいの。もう何も隠していたくない。私は皆を信じたいから。」


ミゲルはそう言うと淡々と自身の過去を話し始めた。


時折声が震えたり、言葉に詰まったりもしたが何とか話し終えると目を閉じた。


(信じてもらえない…?気持ち悪いって思われる…?ああ、やっぱり怖い…。)


ミゲルの肩が震えていることに気づいたソヨルはそっとミゲルの手を握る。


「これだけ話をさせておいて何も反応を返さないのは失礼ではないですか?」


ソヨルはぴしゃりと言い切ると、ミゲルを部屋から連れて行こうと手を引く。


ミゲルは静かに首を振ると、もう一度前を向いて話し始めた。


「この話を聞いて私が団長相応しくないと思うのなら遠慮なく言って欲しいんです。私はそれも受け入れる覚悟はできています。」


「団長はそれでいいのか?」


それまで黙って様子を見守っていたカイが口を開いた。


「それは…不信を抱かせたまま皆の上に立つことはできない…。」


「団長自身の気持ちを聞いているんだ。」


「私の気持ち…?」


「ああ、団長はどうしたい。」


その問いにミゲルは言葉を詰まらせてしまった。


本当の気持ちを言ってしまったらもう後には引けなくなってしまう。


我儘だと言われてしまうかもしれない、どの立場でものを言っているのかと責められるかもしれない。


(傷つくことを恐れないで…。あなたの本当の気持ちは?)


胸の奥でぐるぐると気持ちが渦巻く中、頭に聞き覚えのある声が響いた。


(本当の気持ち…そんなの…。)


ミゲルは団員たちを見つめると、声を振り絞った。


「私は…団長でいたい…。」


団員たちは息を呑んでミゲルを見つめ返す。


「私は…本当は泣き虫だし、誰よりも打たれ弱くて頼りない人間で、こうして今まで本当の自分を隠し続けてきた嘘つきだけど…それでも、皆を守りたい…。それが私の気持ち…。」


「そうか、それが団長の気持ちなんだな。」


ミゲルは目に雫を浮かべながら頷く。


カイはミゲルの小さく震える肩に手を置くと、「頑張れ。」と囁いた。




ミゲルはカイのささやかな応援に腹を決めると深々と頭を下げた。


「今まで騙していてごめんなさい!今更許してくれなんて言いません。それでも、団長として皆を守らせて下さい!どんなことでもしますから!」


「どんなことでもって例えば、ここで裸になれと言ったらなるのか?」


団員の一人がミゲルを舐めるように見回す。その顔には意地の悪い笑みが浮かんでいた。


「ええ。それであなたの気が晴れるのなら。」


「なっ…!」


団員たちは一気にざわめく。


「今脱いだ方が良いの?」


「駄目ですよ!」


ソヨルがミゲルの手を慌てて制止する。


「まさか本当に裸になろうとするとはな…。面白い…分かった。俺は認めるよお前のこと。その代わり、しっかり守ってくれよ。」


他の団員たちも次々に口を開いた。


「これからも頼むぜ団長。」


ミゲルを認める者もいれば、


「やっぱり今まで俺らのことを騙していた奴に素直に守ってもらうことはできない。」


と、反発する者もいた。


しかし、明らかな反応を示すのはごく少数で、それ以外の多くの団員は戸惑っているのか反応を示さない。


「皆なんで黙りこくってんの。噂が流れていたときは散々面白がっていたくせに、いざ真実を知ったら受け止めきれないなんてはっきり言ってダサいんだけど。」


アンリは冷たく言い放つとアンナと共にミゲルの元へ駆け寄った。


「団長が辞める必要ないでしょ。アマンド様が認めたのは団長なんだし。」


「そうですよ。私もあなたに団長のままでいてほしいです。」


アンリとアンナはミゲルの手を取る。それを見ていたレオもミゲルの元へ駆け寄る。


「俺もミゲル以外の奴を団長と認めたくねえ。お前は全力で俺たちを守りたいって思ってくれているそれだけで十分だろ。」


「俺もそう思う。ほら黙っている奴らは全員団長を認めたってことにするぞ。意見があるならしっかりと言っておけ。」


カイがそう言うと何人かの団員が手を挙げた。


「僕はやっぱり納得できません。今まで嘘つかれていたこと正直ショックですし、奴隷上がりで王家の側室だったという過去も黙って受け入れることは無理です。」


「俺も。」


ミゲルの背筋に冷たいものが走る。


分かってはいた。嘘を吐いていたことも自身の過去も受け入れてくれる人がいないということは。だが、いざ本音を聞いてしまうと胸を殴られたような気分になる。




「まあまあ、いいじゃないですか。とりあえず認めておけば。」


重苦しくなった空気に似つかわしくないやけに明るい声が響き渡った。


「クリフ…お前、噂を流しておいて味方のフリすんのか。」


レオは鋭く睨みつける。クリフは刃のような視線にも怯えることなく飄々とした口調で答えた。


「僕が噂を流したのはちょっとした悪ふざけですよ。面白い噂があった方が軍の生活も潤ってくるでしょう?僕は別に団長を陥れようとか思ってませんし、この前も言いましたけど団長の素性なんて死ぬほどどうでも良いですからね。」


クリフは笑顔で言ってのけると、団員たちに一瞥をくれた。


「とりあえずここは穏便にいきましょう?もし、妙なことをしているのであれば即刻団長の座を退いてもらうということで。」


団員たちは頷くと、乾いた拍手をした。


拍手が鳴り響いても心の蟠りは消えない。


それでも進んでいかなければいけないのだと自分を鼓舞し、なんとか前だけを見据える。


「ねえ、団長。取り敢えずこれで休戦といたしましょう?取引の件はまた今度じっくりお話ししましょうね。」


クリフはミゲルにしか聞こえないように耳打ちすると、自席に戻っていった。


ミゲルは身震いするとクリフを睨みつけた。


クリフは相変わらず作り物の笑みを貼り付けていて、その笑みはミゲルの心をざわつかせてならなかった。

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