第十話 もう逃げない
「大丈夫ですか。ミゲルさん。」
「うん…じゃなかった。ああ。昨日はありがとうソヨル。」
赤く腫れた瞼でそう言う姿はどうしても強がっているように見えてしまう。
それでも昨日までのミゲルより遥かに晴れやかな表情をしているのは彼女が少し成長したことを物語っている。
「僕と二人の時は素の口調でもいいじゃないですか。」
「だが、気が緩むかもしれないし、今更女らしい口調に戻るのも…。」
ミゲルは気恥ずかしそうに右耳を掻く。
ソヨルはそんなミゲルの反応が微笑ましく、思わず口元が緩む。
「さあ、行こう。団長と副団長が遅刻していては示しがつかない。」
「はい。行きましょう。」
駆け出したミゲルの背中は以前よりも大きく真っ直ぐ伸びているように見えた。
今日は賊に目を付けられている可能性の高い街の調査の為、ミゲルとソヨルそして他の団員たちを何人か引き連れ町を訪れていた。その団員の中にはクリフもいる。
ソヨルはクリフに危険な動きをしている疑いがある以上はなるべくミゲルと離したかったが、ミゲルには遠慮されてしまった。彼は優秀な狙撃手である為、いた方が良いという意見はもっともだったが、不安は尽きない。
なるべくクリフから目を離さないようにと動向を伺っていた最中、鼓膜を切り裂くような悲鳴が聞こえた。
「助けてーっ!」
全員の足が声のした方に向かう。
進む先には火の手が上がっており、逃げ惑う人々の姿が目に飛び込んできた。
「何だ?お前ら。」
下品な笑みを零しながら街を荒らしている賊たちと目が合った。
「お前たち。何をしている。」
「ガキが生意気な口を…!見ての通りだよっ!」
ミゲルは振り落とされた斧を大鎌で受け止める。
「皆、戦闘体制へ!」
澄んだ声が焦げ臭い街へ響き渡る。
団員たちは脇目もふらず、賊たちに斬りかかろうとする。
「待て、あまりむやみに前に出ようとするんじゃない!」
「女の意見なんて聞いてらんねえ。俺たちは伊達に場数踏んでんじゃねえぞ。」
「いけません!それでは連携が取れませんよ。」
ミゲルはひたすら攻撃を受け流し、魔法で魂を抜き取る。しかし、今回は人数が圧倒的に敵側の方が有利だった。
(まずい…。魔力の消耗が激しい…。)
額に汗を浮かべながら、連携を取り直そうと声を張り上げる。
しかし、団員たちは聞く耳を持たない。
ふとクリフの方に目をやると妖しい笑みを浮かべながら、牽制の矢を放っていた。
すると、クリフの背後から剣を持った男が斬りかかろうとしているのが見えた。
「危ないっ!」
喉が張り裂けそうなほど叫ぶと同時に、ミゲルは大鎌を力一杯地面に叩きつけた。
地面が揺れ、魔力の刃が放たれる。その刃に当たった賊たちは倒れ込み、意識を手放す。
ミゲルの叫びに気づいたクリフはぎりぎりで攻撃を避け、無事なようだった。
先の攻撃で魔力を使い果たしたミゲルはその場で膝から崩れ落ち、輪の耳飾りは外れて地面に転がった。
「ミゲルさん!」
周囲の時間を停止させ、急いで駆け寄った。
「ソヨル…大丈夫。意識は失わずに済んだ。」
「でも、魔力を使い切ってしまったでしょう。急いで魔力を回復させましょう。僕の血を飲んでください。」
「血?そんなので回復するのか?」
「ミゲルさんなら大丈夫です。本当は他の方の血が良いのですが、今は一刻を争います。僕の血で我慢してください。」
ソヨルは携帯していた小刀で指先を切ろうとするが、ミゲルの手に制される。
「大丈夫。ありがとうソヨル。」
「大丈夫って…。今その姿で皆さんの前に立ったら…。」
「分かっている。でも、これ以上嘘は吐きたくない。」
握りしめたミゲルの拳は震えていた。
「無理なさらないでください。噂の火消しならすぐにはできなくてもなんとかします。だから…。」
「ありがとう。本当にソヨルにはいつも助けてもらってばっかりだな。でも、これはオレ…いや、私が向き合わなければいけないの。これは、団員たちと向き合うために与えられた試練だと思うの。」
「試練…?」
ミゲルはソヨルに優しく笑いかける。
「気づいたの。私が真の団長として認められるには嘘はやっぱり良くないって。カイが言っていた通り、男として生きるのは自由だけど隠し事は後に自分の首を絞めるだけなんだって。私は女として生まれ奴隷として幼少期を過ごした。それは覆せない事実。」
「僕は自分の身を守るために吐く嘘は仕方がないことだと思います。あなたが傷つくのは見たくない…。」
「私だって何をされるか、どんなことを言われるのか分からないのは怖い…。でも、このまま嘘をつき通して一生本当の自分を認めてもらうチャンスを逃し続ける方が怖い。だから、ちゃんと言うよ。本当の私を。」
ミゲルはソヨルの手を握ると、真っ直ぐソヨルを見据えた。
その瞳に迷いや憂いは一切なかった。
「では、魔法を解きます。心の準備はいいですか?」
「ええ。」
ソヨルが指を鳴らすと、周囲の時間は一気に動き始めた。
「副団長いつの間にそこに…。って、その人は…?」
団員の視線が一斉にミゲルに注がれる。
長い白銀の髪に曲線を描く身体。どう見ても少女にしか見えない姿のミゲルを見て団員たちは皆唖然とする。
「その服…団長のだよな…。」
「瞳の色も団長の色だ…。」
団員たちの声にミゲルは黙って頷く。
そして、ソヨルに手を借りゆっくりと立ちがる。
「皆、黙っていてごめんなさい。私は、この軍の団長ミゲルです。」
その声に震えはなく、ただ決意が滲んでいた。
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