第五話 守ろうとする者たち

賑やかな朝食の場。レオは先ほどの一件でひどく落ち込んでいた。ミゲルはようやく自分にも心を開いてきたと思っていたのに。


『そんなのいらない!』


はっきりとした拒絶の言葉が胸に残っている。


「どうしました、レオさん。そんな辛気臭い顔をして。」


「あ、ああ。ソヨルか。大した事ねえよ。」


ソヨルは射抜くような目でレオを見つめる。その深紅の瞳には心配が滲んでいた。


「大した事じゃなくてもそんな暗い顔をされていては心配です。」


「そんな暗い顔してたか…。」


レオは思わず目を逸らす。


「ですが、なんとなく理由は分かりますよ。ミゲルさんのことでしょう。」


「そ、そうだけどよ。よく分かるな。」


「すみません。先ほどミゲルさんの天幕の前でお話しているのを見てしまいました。」


「げ…。俺が突き放されたのも見てたってわけか。」


「はい。」


全部知っているのなら放っておいてほしいと思いつつも、レオはソヨルに事の経緯を話した。


「クリフさんと天幕に二人きり…。確かに怪しいですね。」


「だろ?問い詰めたかったんだけど、クリフが素直に話してくれるわけないよなって思ってよ。しかも、あいつがミゲルのを流したっていう話もあるんだ。何か秘密を使ってミゲルを脅してるんじゃないか?」


「そうですね…。あまり団員を疑うようなことはしたくありませんがその可能性は高いです。」


ソヨルは長い腕を組んで考え込む。レオの言う通りだとするのならミゲルは今一人で追い詰められている可能性があるのだ。王城のときのようにもう一人で抱え込んでほしくない。


「ミゲルさんにはなるべく一人にならないように言っておきます。レオさんもなるべくミゲルさんの側にいてあげてください。」


「でも、俺嫌われたかもしれない…。」


「そんなことありませんよ。ミゲルさんは側に誰かいてほしいときほどあえて突き放すようなことを言ってしまうんです。」


「側に…。」


ミゲルは大切なものをたくさん失ってきた。そのせいか自分の側にいる人は皆いなくなってしまうという考えがまだ消えていないのだろう。


レオはそんなミゲルを哀れに思うと同時に尚更側にいて守ってやりたいと思う。


決意を胸にするとレオはミゲルの元へ走りだしていた。




「なあ、ミゲル。さっきのことなんだけどよ。」


「今はよしてくれないか。任務中だぞ。」


ミゲルは冷たく言い放つ。


ミゲルとレオはかつてノックス王国との国境だった場所で警備にあたっていた。


レオはなるべくミゲルの近くにいようとするが何となく距離を置かれている気がする。


(き、気まずい…。)


気まずさを紛らわせようと他の団員を見回す。


皆あと少しで交代時間ということもあり、ひそひそと話を始めている。


「なあ、団長とレオやけに近くないか。」


「ああ、前から距離近かったけどよ最近になってより親密になった感じするよな。」


「もしかするとレオともデキてんのかね。」


容赦なく向けられる好奇の目にレオも我慢の限界だった。


気付くとレオは噂をしていた団員の一人の胸ぐらを掴んでいた。


「何すんだよレオ!」


「てめえら、あんまり勝手なこと言ってんじゃねえぞ!」


団員の頬を叩こうと伸びた手は白い手に阻まれた。


「ミゲル?離せ!」


「何をやってるんだ。お前は。」


重く低い声に背筋に冷たいものが走る。


手首を掴んだ手は意地でも離さないつもりなのか、痛いほどに力が込められている。


その手は驚くほど冷たかった。


団員たちは目を丸くしてその場から動けないようだった。


「ミゲル…お前、悔しくないのかよ!どんどん話に尾ひれつけられて、こいつらはお前がどんな気持ちでここにいるのか知りもしないんだぞ!」


「黙れ、レオ。」


レオに向けられた紫色の瞳は何も映していなかった。


あのとき見せてくれた笑顔は見る影もなく。ただ、諦めの色が浮かんでいた。


(違う…そんな顔させたいわけじゃない…。)


レオの足は縫い留められたように動かなかった。




「あの、クリフさん。あなたが噂を広めたって本当ですか。」


「噂?何の話でしょう?」


クリフは何も知らないとでも言いたげな顔で答えた。


アンナはそんなクリフの態度にひどく苛立った。


「とぼけないでください…。あなたが例の捕虜の尋問をしていたということは記録にも残っています。あなたなのでしょう。ミゲルさんの秘密を流したのは。」


アンナから向けられる鋭い視線にクリフはたじろぐ。


すると、やれやれと言った様子で話を始めた。


「はいはい。あなたの言う通り、僕が噂を流しましたよ。」


「なぜ、そんなことを…。」


「一言で言うのなら嫉妬ですかね。」


クリフはケラケラと笑いながら答えるが一切目を合わさない。


「憧れている人の弱みに付け込んで、こちらの良いように使うというのは気分が良いですよ。」


「何ですって…。」


「先ほど言い方だとあなたは彼女の秘密を前から知っているみたいですね。どうでしたか?初めて秘密を知ったときの気持ちは。」


「あなたに教えるつもりはありません。」


アンナはひどく渇いた喉を震わせながらも、クリフをきつく睨みつける。


クリフはそんなアンナを鼻で笑った。


「僕ね彼女と取引きしたんですよ。」


「取引き?」


「彼女自身も知らない秘密とこの軍の命を天秤にかけてもらったんです。」


「それで…ミゲルさんは…。」


「もちろん彼女は軍の命を選びましたよ。」


「…!では、あなたはその秘密をバラすというのですか。」


「まあ、そうですね。」


アンナは拳を握りしめた。ミゲルが軍を売るような真似はしないと思ってはいたが、かといって自分の秘密をバラされるのだって耐え難いことのはずだ。容易に人の弱みに付け込むことができるクリフのことが信じられなかった。


「あなたは…最低ですね…。」


「そうですか?アモルの正規軍からこんな弱小軍に引きずり降ろされた僕の身にもなってくれませんかね?ニバリスのお嬢様。」


「そんなことをしたってアモルの正規軍には戻れませんよ。」


「あなたに何が分かるんですか?世間知らずのせいで味方を危険に巻き込んだあなたに。」


アンナは唇を噛みしめた。目の前の人物はとても血が通った人間には思えなかった。



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