第四章

第一話 誓い

「…これが私が“ミゲル”になった経緯だ。」


ミゲルは深く息を吐いた。


レオ、アンナ、アンリは涙ぐんでおり、以前に一部の事情を話したカイも悲痛な顔をしている。


「ごめん…、こんな過去があったとは考えもしなかった…。話してほしいなんて言ってごめん…。」


アンリは涙ながらに謝罪する。


「良いんだ。私のことを知りたいって言ってくれたことは純粋に嬉しかった。でも、正直こんな真正面から受け取ってもらえるとは思っていなかったから少し驚いた。」


ミゲルはすっかり冷めきった茶を飲み干す。


(やっぱり、話すべきではなかったか…。)


少しでも受け止めてほしいという思いを抱いてしまったことが恥ずかしかった。それでも、いくらか心の重荷が軽くなったのだから不思議なものだ。


「俺は…話してくれて良かったって思ってる。受け止めきれる器はないけど、こんな過去一人で抱え込むような真似はしてほしくない。」


「そうか…。」


胸にじんわりと温かいものが染みていくのが分かる。


ずっと拒絶されるのではないかと恐れていたからこそ、この瞬間が夢のように信じ難かった。


ミゲルはつい涙が溢れてきそうになるのを堪え、精一杯の笑みを作る。


「お茶すっかり冷めちゃったな。新しいお茶淹れてくる。」


「あ!待て!」


「どうした?レオ。」


「これ、大事な物なんだろ?」


そう言って渡されたのは輪の形をした銀の耳飾り―


掌に乗った重みは確かにあの日決意を共にした物と同じであった。


「どうして、これ…。」


「捕虜にした奴から回収した。確かミゲルが着けてたやつだよなって思って。」


「ありがとう…。」


レオは照れくさそうに頭を掻く。ずっとミゲルから聞きたかった感謝の言葉を聞くことができ思わず口元が緩む。


「お前はこれからも俺たちの団長だ。過去を知ってもそれは変わらねえ。これからも俺たちのことを見捨てないでくれよ。」


「もちろん。見捨てるなんてことしない。むしろ、私が見捨てられるんじゃないかってドキドキしていたんだからな。」


ミゲルは安心しきった顔で笑う。


ようやく笑顔を見せた団長の姿に安堵し、皆つられたように笑う。


「これからもよろしく頼むぞ。」


レオはミゲルの肩を優しく叩いた。すると、またミゲルに触れた手が熱くなっていく感覚があった。熱が手に集中していくだけではない胸も苦しいぐらいに早鐘を打つあの感覚。


(これって…。もしかして…。)


ふとミゲルを見ると曇りのない笑顔でソヨルと話している。


ずっとそのままの笑顔でいてほしい。心に浮かぶのはそんな言葉ばかりであった。




「それにしてもミゲルさん。これからも男性として生きるのですか?いっそのこと女性であることを公言されても…。私だってその方が心強いです。」


「それはできない。これは私の生き方の問題なんだ。それに、最初から女性として入団したアンナと違って私は男性として入団した。この事実を今更覆そうとしたところで混乱を生むだろう。」


「そうですか…。」


アンナは残念そうに俯く。団長が数少ない女性団員の一人であったなら幾分居心地も良くなると考えたのであろう。


「俺は性別を偽るなんてことやめた方がいいと思うぞ。」


カイは渋い顔をして言うが、ミゲルは知らん顔だ。


「でも、今日ぐらいは女の子として過ごしてもいいんじゃない?そのワンピースも似合っているし。」


「アンリもたまには良いことを言いますね。確かにそのお召し物素敵です。」


「これはソヨルが作ってくれたんだ。」


ミゲルがはにかみながら言うとアンナとアンリの視線は一気にソヨルに注がれた。


「これ作ったの!?すごいね!」


「本当です!てっきり売り物かと…。」


「それほどでも…。きっとお召しになっている方が素敵だから余計に良く見えるんですよ。」


「ば、ばか…。そんなこと軽々しく言うんじゃない…。」


ソヨルの何気ない誉め言葉にミゲルは白磁のような肌の顔を耳まで赤くする。普段見られないミゲルの初心な反応にアンナも思わず口角が上がってしまう。


「ふふ、なんだか可愛いですミゲルさん。本当に男性にしておくのが勿体ないくらい。」


「か、可愛い…?どんな反応をしたらいいのだろうか…。」


女であることを隠してきた自分が「可愛い」と言われることなど想像もしていなかったミゲルは忘れてしまった自分を優しく呼び起こされたようで、どうしたらいいのか分からず戸惑ってしまう。


「喜んでもいいのですよ。今日は“女の子”なんですから。」


アンナの言葉にむず痒い気持ちになるが、今日だけは忘れなくてはいけなかった女としての自分を出してもいいのだと思うと少し救われたような気持ちになる。




暫くの間、にこやかに会話をしていた所に先ほどからソニアを預けていたカルシダが飛び込んできた。


「ミゲル!ソニアが重湯食べきったわよ!」


「本当か!?」


ミゲルはソニアの頭を優しく撫でる。ソニアは心なしか自慢げな表情をしている。


「良かったな。これで離乳もいくらか進むんじゃねえか?」


「ああ、本当に…。小さな一歩だけど…。」


レオは愛おしそうにソニアを見つめるミゲルを見て目を細める。


「こうやって大きくなっていくんだな…。」


「そうよ。ミゲルだってこうしてここまで大きくなったんだから。」


カルシダも優しく微笑む。


「団長…。本当に母親なんだな。」


「そうですよ。立派なお母さんです。」


アンナとアンリは母としてのミゲルの姿を見て胸がじんと熱くなっていくのが分かった。


「良い顔するようになったな団長は。」


「カイさんもそう思いますか。」


カイは一瞬笑みを見せたが、すぐにいつもの仏頂面に戻る。


「お前が…しっかり守ってやるんだぞ。」


カイはソヨルにしか聞こえない声で囁く。


「もちろんですよ。もう、泣かせたくないですから。」




どうか温かな笑い声の裏にひっそりと隠れる影に飲み込まれないように―


カイはそう願うしかなかった。



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