第三章 過去編
第一話 愛から地獄へ
私は息を吐き、目を閉じる。
過去のことなんて喜んで話すものではない。
それでも、知りたいと言ってくれた人たちがいる。
私はその人たちの為に固く閉ざされた重い扉を開いた。
「これから話すのはオレ…、いや、私が“ミゲル”になる前の話だ。」
「パパーっ、だっこしてー!」
「よーし!“ルシア”こっちにおいで。」
私は生まれた頃から孤独だったわけではない。
温かな光の中で愛されて育っていた時期もあった。
私は当時のノックス王国のすぐ近くのアモルの小さな町で生まれ、ルシアという名前を与えられた。
私の母は身体が弱かったらしく、私を産んですぐに亡くなってしまった。
でも、父はそんな私に父としての愛情だけでなく、母としての愛情も与えようとしてくれた。その甲斐あって私は真っ直ぐに育っていたように思う。
父は強く、そして、とても優しい人だった。もちろん私が悪いことをしたときは怒ることもあったけど、男手一つで大変な中でも私に寂しい思いはさせまいと必死に育ててくれた。
でも、そんな愛を受けていても一度も見たことがない母が恋しくなることはあった。
そんなとき、父は母が遺してくれた手紙を読んでくれた。
何度も、何度も紙がボロボロになるまで。
私は父に、そして、一度も会ったことがない母にもたくさんの愛を貰っていた。
だから、幸せだった。
この幸せがいつかなくなるなんてことを一度も疑ったことがなかった5歳の頃悲劇は起こった。
突然のことだった。
辺りが騒がしくて眠りから目を覚ますと見慣れた町は皆なくなっていて、代わりに辺りはいたるところから炎が上がっていた。
「パパーっ、たいへんっ。おそとがもえてるの!」
寝ている父を起こしに行ったとき、父はいつものベッドにはいなかった。
慌てて外に出ると、凄まじい熱気と焦げた臭いが私の胸をざわつかせた。
(パパ?どこにいるの?)
路頭に迷っていると体格の良い男たちが、私の元にやってきた。
「こいつか?目玉の“商品”は。」
「ああ、まちがいねえ。その首にかけている指輪と十字の耳飾りは強大な力を持っている証拠だ。」
指輪も十字の耳飾りも物心つく前から身に着けているもので、どんな意味があるのかは詳しく教えてくれなかった。
父からは「ルシアの中にある大きな力を抑えてくれるものだよ。」と聞かされていた。
だから、なんとなく大切な物なのだということは分かっていた。
「これはあなたたちにはわたさないわ。」
「ああ、構わねえよ。俺たちが欲しいのはお前自身だからな!」
男はそう言うなり私の口を塞いで担ぎ上げた。
私は必死に逃げ出そうとしたが、逃げられるはずもなかった。
「いやあ、おろして!パパーっ、パパーっ!」
「静かにしろ!お前のパパはもう死んだ。これからはお前は俺のモンだ。」
「しんだ…?」
男たちは私に父の遺体を見せた。
胸には穴が開いていてそこは赤黒く染まっていた。
「い、いやーっ!!!」
男たちは私の悲鳴を聞いて耳障りな声で笑った。
「お前の味方はもういない。お前は一人だ。」
私はただ目の前の凄惨な光景に対して泣き叫ぶ。
やがて涙を出し切ると、男が放った言葉を理解した。
今度は涙は出なかった。その代わりに私は意識を失った。
どうか目が覚めたら今見たことの全てが夢でありますように。
これはただの悪夢であってくれ、と願って。
次に目を覚ましたときには、見慣れない建物、いや、小屋みたいな場所だったかもしれない、とにかくとても綺麗とは言い難い場所に転がされていた。
身動きが取れず、周りには同じように扱われた子どもたちが転がっている。
男たちは粗暴で、私はただ恐怖に震えるしかなかった。
殴られ、蹴られ、心も身体も痛めつけられる日々が続いた。
その後も繰り返し、私は心を踏みにじりられ続けた。
他の子どもたちと同じ“商品”に過ぎないのになぜか私だけが深く傷つけられる。
「どうして私だけが」という思いが頭の中をぐるぐると駆け巡った。気持ち悪かった。何度も吐きそうになった。
ときどき私が暴れると男たちは私に薬を飲ませた。飲んだらすぐに身体中の力が抜けて、私が私でないような気持ちになった。
いつもお腹を空かせていた。こっそり小屋を抜け出しては、食べ物を盗んだ。盗んだだけなら可愛いもので人を騙したこともある。
そうやって生き延びるしかなかった。
子どもたちは死んでいくか、大金を積まれて売られていくかして小屋を出ていく。
私が10歳の時、私に莫大なお金を積んで買おうとする人が現れた。
「こいつは高いと言ったがよ。こんなに大金積んでくれるとは思わなかったぜ。」
(やった、これで私は楽になれる。)
やっと終わると思った。
でも、それは始まりに過ぎなかった。
本当の地獄はこの先に待っていた。
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