第七話 光の中で再び
昨日の鬱屈とした気持ちを残す心にはやや爽やかすぎる空気が漂う早朝、僅かな日の光を感じ、ミゲルは目を覚ました。
「ごめんな。ソニア。」
昨晩はミゲルの予想していた通り、ソニアは一晩中泣きっぱなしだった。
母乳を与えることができなかったせいもあるだろうが、あやしてもあやしても泣き続けるので、ソヨルやカルシダが心配して何度も様子を見に来ていた程だった。
最初は手助けを遠慮していたが、ミゲルにも限界は来る、最終的にはそんなミゲルを見かねたソヨルが半ば強制的に交代し、なんとか寝かしつけた。
ミゲルは自分は昨日から周りに迷惑をかけてばかりだと無力感に苛まれていると、控えめなノック音が聞こえた。
「朝早くにすみません。少しよろしいですか?」
「ソヨル?入ってきても良いが、どうした?」
なるべく平静を装って答える。
ソヨルは遠慮がちに扉を開くと、何やら大きい包みを持って部屋に入る。
「ミゲルさん、今日お召しになるものはありますか?」
「服か?そういえば、耳飾りはあいつに奪われたままだった…。」
ミゲルが今まで着ていた服のほとんどが魔法で男性になったときの体型に合わせて作られたものなので、耳飾りを奪われて女性の身体のままでいなくてはいけないミゲルが着ることができるものは、ゆったりとしたつくりのこの夜着以外皆無と言っていい。
「お気に召せばいいですけど、よろしければこれ着てください。」
ソヨルが包みから取り出したのは、ラベンダー色のワンピースだった。
「どうしたんだ?これ。」
「以前からミゲルさんにお渡ししようと思っていたものです。街中で素敵な生地を見つけたので、こっそり作っていました。」
「そんな…、でも、寸法とかはどうしたんだ?ソヨルに教えた覚えはないんだが…。」
「それは…、すみません。カルシダさんに測っていただいたのを教えていただきました…。」
そういえば、以前、服を作るからといって採寸をされたことがあった。
そのときにさらっと「ソヨルに教えてもいい?」と聞かれていた。
深い意味は考えずに頷いてしまったが、世の女性は皆恥じらうものなのだろう。
確かに気恥ずかしさはあったが、自分の為に大変な労力を割いてくれたソヨルには感謝しかなかった。
「ありがとう、ソヨル。気晴らしにソニアを連れて散歩にでも行ってくるよ。」
「そうですか、僕も一緒に行きましょうか。」
「いいや、昨日はだいぶ迷惑かけてしまったし、二人きりにしてくれ。」
ソヨルはやや心配だったが、本人の希望もあるし、そう遠出はしないので大丈夫だろうと思い、二人にしてあげることにした。
なにより、ソヨルはミゲルが昨晩よりもいくらか穏やかな表情になっていたことが嬉しかった。
「なあ、こんな朝早くに行ったら迷惑だろう。」
カイは前を歩くレオ、アンナ、アンリに忠告するが、三人は全く聞く耳を持たない。
「そうは言ってもよお。俺たちも気になって仕方がないんだよ。なんであんな嘘つかれてたのか。俺たちのこと信用してなかったのかって。」
「そうですよ。私も気になって夜も眠れませんでした。」
「嘘つけ、昨日姉さん眠くて仕方ないからって、誰よりも早く寝ていたじゃん。まあ、気になるのは僕も一緒だけど。」
アンリがそう言うと、アンナは「比喩ですよ!」と怒ってしまった。
レオはともかく、アンナやアンリがこの計画に賛同するとは珍しい。
よほど昨日の一件は三人にとって衝撃的だったようだ。
しかし、これ以上話がこじれてしまうと最悪仲間割れに繋がってしまうだろう。
カイはいっそのこと自分が箝口令を破ってでも話すべきかと迷っていると。
何やら言い争う声が聞こえてきた。
その声のする方に目を向けると、一人の女性が三人程の男たちに言い寄られている。
「レオさん、あれ…。」
「ん?なんだあいつら。」
アンナも異変に気づいたのか、女性がいる方向を指さした。
すると、その瞬間、男の一人が女性に向かって剣のようなものを振り下ろした。
「危ない!!!」
女性は素早く避けたが、男たちに囲まれているせいで逃げられないようだった。
なぜ彼女が物騒な男たちに絡まれているのかは分からないが、このままでは女性が危ない。
四人は女性を救出するため、走り出した。
「ねえ、あの人の髪の色見覚えない?」
アンリがレオに問いかける。
「あ?あの髪は…!」
レオは女性が腰まで届く長さの白に近い銀色の髪をしていることに気が付いた。
間違いない。あの髪の色を持つ人間は決して多くない。
「あれは、ミゲルだ…!」
レオがそう呟くと、男たちは再び女性に襲い掛かる。
女性はまた攻撃を軽やかに避けると、すぐさま男たちに鋭い蹴りを入れた。
男たちは蹲る。
女性はその隙にあたりを見渡すと、こちらの存在に気づいたのか、こちらに向かって走ってくる。
しかし、腕には何かを抱きかかえていて非常に走りづらそうだ。
「急ぎましょう!」
アンナが声を掛けると、皆全速力を超えて走った。
やがて女性との距離は縮まり、合流に成功した。
「大丈夫?」
アンリは息を切らしている女性に声を掛ける。
「あ、ああ…。なんとか…。え?アンリ?それに皆も…。」
「やっぱり、ミゲルだったか…。」
レオは息を整えながら、ミゲルの顔を見る。
レオが言った通り、男に襲われそうになっていた女性はミゲルだった。
しかも、ミゲルの腕の方を見ると、今にも泣きだしそうなソニアが抱えられていた。
「その子は?大丈夫なの?」
アンリが心配そうに尋ねる。
ミゲルは後ろを振りかえると、険しい表情になった。
視線の先には先ほどの男たちがおり、蹴りの効果も薄れたのかこちらに向かって走ってきている。
「大丈夫じゃない。あいつらはもうすぐここに来る。」
ミゲルはそう言い切ると、レオにソニアを預けた。
「お、おい。」
「ちょっとだけ預かっていてくれ。すぐに片付ける。」
ミゲルは腕から離れて泣き出しそうになるソニアの額にキスをすると優しく微笑んだ。
「大丈夫、ママはすぐに戻ってくるからね。」
ミゲルはそう言うと、指輪に力を込め魔法で大鎌を取り出す。
素早く地面を蹴り、男たちに向かって走り出す。
男たちは、また囲って身動きを取れなくさせようという魂胆なのか、三人バラバラの方向から走ってくる。
ミゲルは大鎌を大きく振りかぶると、自身を囲おうとする男たちを円を描くように一気に斬った。
男たちは瞬く間に倒れると、意識を手放した。
「お前たちに大切な娘は渡さない…。」
ミゲルはそう言い捨てると、ソニアの元へ急いで駆け寄った。
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