第六話 重すぎる秘密

生きているといろいろなことが起こるものだ。


レオは今日の一件でつくづく実感した。


気持ちの整理がつかないまま新たに知らされた衝撃の事実をレオは上手く飲み込むことができなかった。


「今聞いたことは聞かなかったことにしておく。これ以上は受け止められない。」


「え?」


「あとはソヨルを頼れ、ソヨルなら全部事情知ってるんだろ?」


「まあ、そうだが…。」


「ぐ…。」


自分で聞いておいてレオは落ち込む。


なぜソヨルには全て話すことができて、自分には話してくれなかったのだろう。


もやもやとした感情が胸の中を埋め尽くす。


「今日はもう休め。俺たちはもう帰るから。」


「あ…、待って…。」


「なんだよ…。」


さっさと帰って気持ちを落ち着けたいのに呼び止められ、思わず不機嫌な態度になってしまう。


「ごめんなさい…。」


「それは…。いや、何でもない。とにかく帰るからな。」


「何に対しての謝罪だ」と言ってしまいそうになった自分を必死に押しとどめる。


彼女は今、ただでさえ身も心も弱っている。


声が震えているのが何よりの証拠だ。


レオだって仲間だと思っていた人に急に掌を返されるようなことをされたら傷つくに決まっている。


レオはよろよろと扉を開けると、医者が来たことを報告しようと部屋に入るタイミングを伺っていたソヨルが立ち尽くしていた。


「俺たちはもう帰るからな。ソニアに重湯作ってやれ、あいつは無理にでも寝かせろ。」


レオはソヨルに小さな声でそう伝えると、そそくさと階段を駆け下りてしまった。ソヨルは恐る恐る部屋に足を踏み入れる。ミゲルは俯いていて表情を見ることができない。


「ごめんなさい…。」


譫言のように謝罪の言葉を繰り返すミゲルをソヨルはそっと抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫ですよ。」


子どもをあやすように優しくミゲルの背中をさする。


ミゲルなりの意地なのか、はたまた泣き方を忘れてしまったのか、苦しみながらも涙を一滴も流さないミゲルをソヨルは哀れに思った。




雨はいつの間にか止んでおり、夕焼けが辺りを照らす中、カイ、レオ、アンナ、アンリの4人は家路をたどっている。


「なあ、カイ。お前も知ってたんだろミゲルのこと。」


レオは歩きながらカイに詰め寄る。


カイは一切表情を崩さずレオの方を見た。


「知っていたら何なんだ。」


カイは心底面倒くさそうに答える。


アンナとアンリはその言葉を聞いて目を丸くする。


「だったらなぜ…。」


「本人から口止めされたからに決まっているだろう。あいつは団長を引き受ける条件として自分の秘密を他言しないことを求めたんだ。俺だってどんな格好をしてもいいからちゃんと事情は話しておくべきだと忠告したぞ。だが、あいつは聞かなかった。ただそれだけのことだ。」


「でも、お前には秘密を打ち明けたんだろ?お前もソヨルもよっぽど信頼されていたんだな。」


レオは皮肉っぽく言うと、カイはすぐに首を振った。


「ソヨルはミゲルと旧知の仲だったから、もともと女性であることを知っていた。俺は入団前の身体検査で身体を診た際に違和感を覚えて無理やり問いただしたんだ。」


「身体を診たって…。」


アンナは冷ややかな目でカイを見る。


「勘違いするなよ。あいつは魔法で性別を変えていたんだ。だから診たのはあくまで男の身体だ。」


「でも、違和感があったって…。」


「それは本当に微々たるものだ。よっぽど魔法や医学に精通しているものでなければ、見逃したかもな。」


「なんで性別を変えていたのかまでは知っているの?」


今度はアンリが質問する。カイは静かに頷いた。


「男として入団したければ俺を納得させてみろといったからな。事情はある程度話させた。だが、俺の口から話すことはできない。」


「箝口令ってやつ?」


「そうだ。聞きたければ本人の口から聞くことだな。」


カイは苦笑する。レオ、アンナ、アンリは釈然としないままだが、箝口令に背けさせてまで無理やり聞き出すのは違うと感じ、皆黙りこんでしまう。足音だけが辺りに響く中、夕日もだいぶ傾き、辺りは暗くなり始めていた。




「薬の影響はせいぜい半日といったところでしょうな。明日には母乳をあげても大丈夫ですよ。」


初老の医師のはにっこりと優しい笑みを浮かべながらそう言うと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「はーっ、良かった。大した影響は無いみたいで。」


カルシダはほっと胸を撫でおろす。


ソニアもそんな様子を感じ取ったのか、にこやかな笑みを浮かべている。


「そうですな。飲まされたクスリ自体はそんなに強力なものではないので、安心していいですぞ。」


「でも、飲まされてしばらくは本当に身体が言うことを聞かなくて…。」


「おそらく、貴方は薬や毒が効きすぎてしまう体質なのでしょう。恐らく今回飲まされたクスリは私どもも暴れる患者の鎮静剤として使うようなものですな。」


「そうなのですか…。」


ミゲルは自分が飲まされたものが毒だという可能性も危惧していたので、ひとまず安心した。


ソニアには今夜母乳を与えることができないのが気の毒だが、万が一でも薬の影響がソニア及ぶ方が耐えきれない。


とりあえずソニアが口にできそうなものを探しに行こうと台所に向かおうとするが、カルシダに止められた。


「今日はもうゆっくりしなさい。」


「でも、最近ソニアは夜泣きもあるし、カルシダさんを寝不足にするわけには…。」


「じゃあ、私が寝るときだけお願い。ご飯は私が用意するからその間だけでも眠りなさい。最近眠れていなかったでしょう。」


カルシダは心配そうな表情でミゲルを見つめる。


カルシダには悪いが、今日の一件で弱り切ってしまったミゲルにとってはカルシダの気遣いが本当にありがたかった。


ミゲルは「こんな人が母親だったらいいのに。」と思わず呟いてしまう。


妙齢の女性に失礼な発言だったかと思い、ミゲルは慌てて訂正する。


しかし、カルシダは柔らかい笑みを浮かべている。


「いいのよ。私だってあなたのことを本当の娘のように思っているんだから。」


カルシダはミゲルの頭を優しく撫でる。


その手の温かさにミゲルはそっと身を委ねた。




 

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