第五話 沈黙の帰路

降りしきる雨の中、一行は捕えた男たちの身柄をアモルの王城に引き渡した後、薬のせいでまともに動くことができないミゲルを休ませるためにカルシダの屋敷に向かうことにした。


いつもなら沈黙に耐えかねてレオが無理にでも場を和ませようとするのだが、それもとてもできる雰囲気ではない。


一行は沈黙を保ったまま進んでいる。


ソヨルに横抱きにされているミゲルは薬の影響か、はたまた緊張が解けた反動か意識を失っているようだった。


「ソヨル、代わるか?」


カイが声を掛けるが、ソヨルは首を振った。


ミゲルの体温を感じて、ちゃんと生きているのだと実感したかった。


しかし、腕の中で眠り続ける彼女の顔をみると守るべき人を守ることができなかった罪悪感が、ソヨルの胸を押しつぶすようだった。




「あら、どうしたの皆して。」


カルシダの屋敷に着くと、カルシダは笑顔で出迎えてくれた。


しかし、すぐにただならぬ雰囲気を感じ取ったようで、ソヨルに横抱きにされているミゲルを見るなり、顔を青くした。


「詳しいことはあとで話します。とりあえずミゲルさんを部屋に連れていきますね。」


「それは良いのだけれど…、皆びしょ濡れじゃない。少し待っててね。何か拭くもの持ってくるから。」


カルシダは急いで人数分のタオルを持ってくると、中に入るよう促した。


「すみません、カルシダさん。ミゲルさんの着替えをお願いしてもよろしいですか?」


「ええ、良いわよ。その間、皆にお茶出しといてくれる?あと、ソニアは私の部屋に寝かしておいてるから、様子も見に行ってあげて。」


カルシダはパタパタと二階に上がっていった。


恐らくミゲルの部屋は二階にあるのだろう。


皆が何となく立ち尽くしていると、レオが口を開いた。


「ソニアの様子は俺が見に行くよ。」


「え…、よろしいんですか?」


「この雰囲気のままお茶なんか飲めるかよ。カルシダさんの部屋も二階だっけ?」


「は、はい。二階に上がって一番右奥の部屋です。」


それだけ聞くとレオはさっさと行ってしまった。


「さあ、皆さんもそのまま立ち尽くしているのもなんですし、お茶でも飲みましょう。上着などを乾かしたければ、預かりますよ。」


「あのさ、さっき言ってたことちゃんと教えてくれるの?」


アンリがムスッとした表情でソヨルに聞く。


ソヨルは内心余計なことをと思いつつも、精一杯の笑顔を貼り付けて答える。


「申し訳ありませんが、僕の口から話すことはできないのですよ。箝口令が敷かれておりますので。」


「直接本人に聞けってこと?」


「そうですね。ですが、今はやめてあげてくださいね。あんな目に遭ったのにさらに苦しい思いをさせることになりますから。」


ソヨルは釘を刺すと、慣れた手つきで紅茶を淹れ始めた。


しかし、温かい紅茶もこの凍り付いた空気を融かすことはできなさそうであった。


 


一体、どうすればいいのか―。


レオは自分の無い頭で必死に考えているが、どうも打開策が思いつかない。


そもそも何に対しての打開策なのだろう。


この軍の混乱を収めるための策だろうか。


だったら、自分一人では無理だ。


恐らく自分が一番混乱しているのであろう。


そんな混乱などつゆ知らず、ゆりかごの中で無防備に眠る目の前の赤子が少し羨ましかった。


「お前は知っていたんだろうな…。さすがに赤ん坊にまで隠さないよな…。」


「ソニアが物心ついたらどう説明するつもりだったんだろうな。」などと、やや的外れな心配をする。


ミゲルのことはだんだんと理解したつもりになっていた。


だが、本当に“つもり”だったことが悔しくて泣きだしたいような気持ちになる。


「はーっ、ダメだ。こんな顔で皆の前に出るわけにはいかねえ。」


レオは苦笑する。


すると、ソニアはレオからぐるぐるした気持ちを感じ取ったのか、ぎゃあぎゃあと泣き出してしまった。


「お、おい。まずいなあ、五月蠅くしちまったかな。」


レオは急いでソニアを抱き上げる。


弟や妹にしていたように優しくあやすが、泣き止む気配がない。


ソヨルに助けを求めようと部屋の扉を開けるとそこには、青白い顔をしたミゲルが立っていた。


「うおっ、びっくりさせんな。」


「悪いな…、たぶん、お腹が空いているんだと思う…。」


ミゲルはソニアを受け取ろうとするが、レオに制止される。どう見ても赤ん坊を抱きかかえることができる状態には見えない。


受け取った瞬間に倒れられでもしたらどちらの身にも危険が及ぶ。


「倒れると危ないから、ベッドか椅子に座って抱っこしろ。」


「勝手にカルシダさんの部屋の物は使えない…。」


「くそっ、面倒くせえな!分かったよ、部屋まで連れていくから、掴まれ。」


「そ、そんなことしなくても、大、丈夫だって。」


「お前、そんなにフラフラして全く説得力ねえぞ!?いいから掴まれ。」


ミゲルは恐る恐るレオの腕に掴まる。


意味があるのか分からない遠慮がちな掴まり方だったので、


腰に片手を回し、身体を引き寄せる。


彼女が着ているのは薄い夜着で、まともに体温と身体の柔らかさを感じてしまい、顔が熱くなる。


(ああ、心臓が五月蠅い。)


先ほどからミゲルが触れている箇所が熱い。


しかし、自分が掴まっていろと言った以上は引きはがすことはできない。


ようやくミゲルの部屋の前にたどり着く。


たった数メートルの距離であったが、とてつもなく長く感じた。


両手が塞がっているので、ミゲルに部屋の扉を開けてもらうと、家具といえばベッドと勉強机と椅子と小さなクローゼットくらいで、カーテンや絨毯もシンプルな白色というやたら殺風景な部屋が見えた。


(じろじろ見るのはさすがにまずいか。)


ミゲルをベッドに座らせると、ソニアをミゲルに受け渡す。


ミゲルの腕に抱かれると、少し機嫌が良くなったのか、泣き声も少し落ち着く。


(まずい、部屋に二人きりになっちまった…。)


「そ、そういや、カルシダさんはどうしたんだ?」


「ああ、念の為だとか言って、医者を呼びに行った。」


「そ、そうか。」


なんとか二人きりだということを意識しないように話しかけるが、話が弾まない。


どうしようかと頭を悩ませていると、「なあ…」と控えめな呼びかけが聞こえてきた。


「ソニアがお腹を空かせているみたいなんだが…。」


「あ、ああ…。そうだったな。普段何食わせてるんだ?重湯とかか?」


「そうだな…、離乳の為に重湯も食べさせているが、なかなか進まなくてな。」


「そ、そうか。ん?離乳?」


思わずミゲルの方を見返すと、ミゲルは「しまった!」というような顔をしている。


「離乳って、誰か母乳をあげられる人がいるのか?」


乳母にでも頼んでいるのかと思ったが、この屋敷にそれらしき人はいない。


では、カルシダかとも考えたがカルシダはレオの知る限り、妊娠・出産の経験はないはずだ。


となると…。レオは目の前の女性を見つめる。


ミゲルはバツが悪そうな顔をしながら、コクリと頷いた。


「あ、ああ。ここに…。」


また新たに知ることになった彼女の秘密に、レオは絶句した。





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