第四話 囚われの小屋
「よお、メスガキ。久しぶりに愉しませてくれよな。」
ミゲルは男に強引に顔を押さえつけられ、息が詰まる。
必死に振り払おうとするが、力強い腕に抗えない。
次の瞬間、口の中に妙な苦味が広がった。何かの液体を無理やり飲まされたらしい。
「…んっ。」
(何だ…、これ…。)
ミゲルは反射的にその液体を飲み込んでしまった。
すると、急激に身体中の力が抜けていく感覚がする。
膝から崩れ落ちそうになり、咄嗟に男が抱き留める。
「相変わらずクスリ効くの早えな。まあ、死ぬようなモンじゃねえから安心しな。」
身体に力が入らないのはもちろんのこと、頭も霧がかかったかのようにぼんやりする。
男はそんな状態のミゲルを見て笑うとミゲルを抱え上げた。
ミゲルは男を見上げるがこの状態ではまともに抵抗することもできない。
「雨も降ってるし、場所変えようぜ。その女は念の為人質として捕えとけ。」
「やだ!離して!誰か…助けて下さい!」
アンナは叫ぶが、誰も危険な目に遭いたくなどない。
何人かこちらを見たが、皆すぐに急いで立ち去ってしまう。
「待て…、その子には…、手を、出すな…。」
「人質」という言葉を辛うじて聞き取ったミゲルは、アンナを危険な目に遭わすまいと必死に声を絞り出す。
「まあ、お前がちゃんと俺を愉しませてくれるんだったら、あいつには手を出さないでやるよ。」
男はそう言うと古びた木造の小屋に向かって歩き出した。
アンナももう一人の男に引きずられるように小屋の方に連れて行かれているのが見える。いくら武人とはいえ、女性の身では屈強な男を振り払うこともできないのであろう。
何もできない自分に心の中で舌打ちをしながら、これから自分の身に起こるであろうことを想像し、絶望した。
古びた小屋の中は少し黴臭く、雨のせいかじっとりとした空気に覆われていた。
部屋の隅にボロボロのテーブルと椅子しかない空間だが、妙な圧迫感がある。
「ちょっと背中が痛いかもしれねえが、我慢しろよ。」
そう言うと男はミゲルを床に転がす。
絨毯も何もないので背中には直に衝撃が走る。
アンナは小屋の隅の椅子に座らせられ、もう一人の男がどこからか取り出した縄で椅子に縛り付けられて、猿轡を嚙ませられている。
抵抗したくとも身体は思うように動かない。
さらに、ミゲルが抵抗すればアンナは何をされるか分からないということが、ミゲルにとって恐ろしかった。
男は乱暴にミゲルのケープと服を剥ぎ取る。
ミゲルは必死に身を丸め、視線を逸らした。
「いいねえ、その反応。ガキの頃は何でもされるがままで楽だったけど、ちょっとつまんなかったからな。」
そう言うと、ミゲルの手首を掴み頭上に固定する。
せめてもの抵抗も男を悦ばせるだけで、全く意味を成さない。
もう一人の男はアンナの横に立ち、そんなミゲルの様子をニヤニヤしながら眺めている。
「お嬢ちゃんも少しでも暴れたらこうなるんだからな。まあ、せいぜい指くわえてみてな。」
(そんな…。)
アンナの目の前で繰り広げられている光景がどんなことを表しているのか分からないわけではなかった。
アンナは震えながら必死に目を背ける。仲間が辱めを受けているのに、何もできない自分が悔しくてたまらなかった。
すると、小屋の外から何人かの足音が聞こえてきた。
足音が止んだかと思うと、扉の板が派手な音を立てて倒れた。
「やっぱり…、碌な目に遭っていませんでしたね。」
聞きなれた声がする。
声がした方に目を向けると、そこには馴染みのある姿が並んでいた。
(ソヨル、カイ、レオ、アンリ…。)
ミゲルはその姿に安堵する。
何か声を掛けたかったが、喉がつっかえて言葉が出ない。
ソヨルは急いでミゲルの方に駆け寄ると、男に力強い蹴りを入れた。男が体制を崩した隙にミゲルを男から引きはがし、傍に落ちていたケープを肩に掛けてやる。
しかし、男はすぐに立ち上がり、ソヨルに殴りかかろうとする。
ソヨルはミゲルを庇うように立つと、拳を手で受け止め、腹に力強い拳を入れる。
「がはっ…。」
男が苦しんでいる隙にカイは男を縄で拘束する。
「ボス!」
もう一人の男が駆け寄ろうとするが、レオに力ずくで阻まれ、床に叩きつけられる。
「アンリ!今のうちに!」
アンリはすぐさまアンナに駆け寄り、アンナの縄を解く。
アンナは安堵のあまり涙が込み上げてくるが、泣いている場合ではない。
「本当にごめんなさい!」
「謝っている暇があったらさっさとそいつを縛ってやれ。」
アンナはレオに床に叩きつけられ、押さえつけられている男の手首と足首を急いで縛る。
「クソガキが…。」
身動きができなくなった男たちは口々にそんなことを言っていたが、皆の視線は別の所に集まっていた。
「大丈夫ですか?立てますか?」
「ごめ…、ソヨル、クスリ…、飲まされ…。」
「分かりました。僕が抱きかかえていきますのでまず衣服を整えましょう。アンナさんお願いしてもよろしいですか?」
「は、はい!」
アンナは震える手でミゲルに服を着せる。
そんな様子を見つめるミゲルは申し訳なさそうな表情をしている。
「おい、その人…。ミゲル…なのか?」
レオは先ほど男に襲われていた女性がミゲルが着用していたケープを着ていることに気づいた。
「そんな…、まさか…。」
アンリも驚きの声を漏らす。
ソヨルとアンナは返答に困り、黙り込んでしまう。
暫く沈黙が続いたが、カイがようやく口を開いた。
「ああ、そうだよ。この女はうちの団長ミゲルだ。まったく、面倒なことになったな。」
カイはそう言い切ると、大きなため息をついた。
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