第三話 暴かれる秘密

 「ミゲルさんたちは大丈夫でしょうか。」


ソヨルは今にも雨が降り出しそうな空を見上げ、不安そうな表情を浮かべる。


「まったく、カイが厳しく言い過ぎたせいで雰囲気悪くなったんだろ?どうしてくれるんだよ。」


「あの程度の言葉で落ち込まれては困る。あいつだってもう18なんだ。いつまでも世間知らずでは済まされないこともある。」


カイもアンナ同様、自分の考えを曲げることができないらしい。


険しい表情を変えることがない。


とはいえ、お互い歩み寄らなければ、思いはすれ違ったままだろう。


「ですが、カイさん。今のままでは流石に皆居心地が悪いです。帰ったら二人でお話しされた方が良いですよ。」


「分かった。帰ったらな。」


とりあえず言質は取った。二人とももう幼い子どもではない。


あとは話し合えば、仲直りできるだろう。


「それにしても、あの三人だけだと不安ですね。ミゲルさんは大丈夫でしょうか。」


「お前はさっきからそればっかりだな。そんなにミゲルのことが心配なのか?」


レオはソヨルを少しからかうように言った。


レオだって三人のことが心配ではないわけがないが、ミゲルの強さならばそれほど危険な目に遭うこともないと思っている。


「はい、心配です。もしも何かあったら…。」


「おーい!三人とも!」


「この声、アンリか?」


声がした方を振り返るとレオの言った通りアンリが息を切らして走ってきた。


「どうしたんですか?」


自分の心配していたことが本当になってしまったと思ったのか、ソヨルが青い顔をして尋ねる。


「本当にごめん。姉さんとはぐれてしまったんだ。」


「何だと!?」


カイが鬼の形相でアンリを見つめる。


「カイさん。怒るのは後にして詳しい事情を聞きましょう。アンリさん、良いですね?」


「あ、ああ…、実は…。」




 「はい、どうぞ。頂きものですけど。」


アンナは雨が降る中、紙の包みを取り出し痩せた少年に一つきりのパンを渡す。


少年は嬉しそうに目を輝かせて、パンを頬張った。


アンナはそんな少年の様子を見てやはり自分のしたことは間違っていなかったのだと確信した。


「ありがとう。やっぱりお姉ちゃんに声を掛けて正解だったよ。僕ねパパもママもいないから、食べるものがなくてずっとお腹が空いていたんだ。」


「そうだったのですか…。」


アンナは少年の境遇を知り、自分がいかに恵まれているのかということを実感する。


こんな貧しい思いをしている子はここでは珍しくないのかもしれないが、それでも勇気を出して自分に声を掛けてくれたこの少年には何かしてあげなければいけないような気がしていた。




「よお。随分景気がいいな。今日の“仕事”はどうした?」


「はい?」


背後から突然声を掛けられ思わず反応して振り向いてしまった。


それがいけなかったのかもしれない。


振り向いた先には体格の良い男二人組がいて、アンナはそのうちの一人に強い力で右肩を掴まれてしまった。右肩を掴んできた男は40~50歳くらいで、もう一人の男はそれより少し若く見えた。


「あ、ボス…。ごめんなさい。今行きます。」


少年は蚊の鳴くような声でそう言うとどこかへ行ってしまった。


「なんですかいきなり!?離してください!」


「お嬢ちゃんはここがどんな場所か分かってて言ってるのか?」


男は右肩を掴む力を強くする。アンナは思わず息を呑む。  


「知りませんよ!あなたたちに咎められるようなこともしていませんし!」


アンナは精一杯反抗するが、男たちはそんなアンナを嘲笑う。


「ハハッ、そうかよ。確かにお嬢ちゃんは悪いことはしていないが、こんな場所に一人で来るなんてちょっと不用心過ぎるんじゃねえか?」


「一人じゃねえよ。」


アンナは聞きなれた声にはっとすると、そこにはミゲルが立っていた。


ミゲルはすぐさまアンナから男を引きはがす。


ミゲルはフードを被っているし、雨のせいで辺りも暗いためどんな表情をしているのかはよく読み取れないが、助けに来てくれたようだった。


「なんだ、お前?」


もう一人の男がミゲルを睨みつける。


「その子の仲間だ。」


「仲間?仲間ねえ。」


アンナの右肩を掴んでいた方の男が今度はミゲルの方に視線を移す。


じろじろと全身を舐めるように見つめられ、不快感が募る。すると、いきなりフードを掴まれた。


「何すんだよ!」


ミゲルは抵抗するが、男はそんな抵抗をものともせずにフードを外してしまった。


すると、男はすぐさまミゲルの前髪を掻き上げる。


今度は顔をじっと見つめられ、ミゲルは思わず目をつむる。しかし、男の顔は頭から離れない。


(間違いない。あいつだ…。)


ミゲルにはその男の顔に見覚えがあった。


その記憶が正しければ、と考えるとミゲルは思わず身震いした。


男はしばらくミゲルの顔を見つめると急に笑い出した。


「ハハッ、お前あのクソガキじゃねえか。なんだよそんな格好して。ハーッ、面白れえ。まさかここに戻ってくるとはなあ。」


「戻ってくる?」


近くで話を聞いていたアンナは思わず聞き返してしまう。


するといきなり、もう一人の男に羽交い絞めにされ口を押えられてしまう。


「お嬢ちゃんコイツの仲間なんだろ?だったら逃げちゃだめだよなあ?」


アンナはミゲルを残して逃げる気など毛頭なかったが、いざ逃げ道を封じられてしまうと、流石に恐怖を感じずにはいられない。


「ボス、そいつどうするんですか?」


ボスと言われた男はミゲルの耳に手を這わす。


ミゲルは危機を感じ、すぐさま指輪に力を込め、男に魔法をかけるが全く効かない。


(そうだった…、こいつには魔法が効かないんだった…。)


ミゲルは打開策を失い、絶望していると男の手は輪の形をした耳飾りに触れる。


「だめっ、それだけは…!」


耳飾りが乱暴に引き剥がされた瞬間、ミゲルの髪が一気に解け、雨に濡れた銀糸が背に張りついた。

細い肩、絞られた腰、押し上げられるように胸元が膨らみ――少年の姿は見る間に女性のものへと変わっていく。


アンナは息を呑む。

(そんな……ミゲルさんが……女の人……!?)


男は口角を歪め、下卑た笑みを浮かべる。

「隠してたって無駄だな……その体が全部喋ってやがる。よお、メスガキ。久しぶりに愉しませてくれよな。」


降りしきる雨の中、男は不敵な笑みを見せた。









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