第二話 一つのパン
重苦しい雰囲気の中、六人は貧民街に入った。
周囲の人々は粗悪な生地の衣服を着ており、皆痩せている。
また、木造の建物も古びているものが多い。しかし、人々はそんなことを気にも留めていないような様子で、大人たちはせっせと忙しそうに働いているし、子どもたちはキャッキャッと笑いながら走り回っている。
「ここが、貧民街…。」
アンナは思わず声が出てしまう。
小さな声ではあったのだが、カイの耳には届いたらしく、アンナの方を振り返ると軽く睨んだ。
(そんなに睨まなくてもいいじゃないですか…。)
アンナは先ほどの一件があったことで、カイに対して必要以上に委縮してしまう。
とはいえ、アンナは先ほどの自身の行動は間違っていないと思いたかった。
困っている人を助けようとするのは人として当然のことではないか。
確かに、危険もあるかもしれないが自分は仮にも軍人である。
そう簡単に殺されるなんてことはない。
アンナがムスッとした顔のまま歩いていると、先頭を歩いていたミゲルが足を止めて振り返った。
「なあ、ここで二手に分かれないか?」
ミゲルの急な提案に団員は皆困惑するが、ミゲルは話を続けた。
「三人ずつ二手に分かれた方が動きやすいし、見ることができる範囲も広がる。オレとアンナとアンリはこの周辺を調査するから、ソヨルとカイとレオはもう少し向こう側を調査してほしいんだ。」
「それは、団長命令か?」
「ああ、そうだ。」
カイが怪訝な表情でミゲルを見つめる。しかし、命令と言われた以上は団長に従うしかない。
それに、カイとてこの空気のまま任務を行うことは適切ではないということは分かっている。いろいろ言いたいことはあったが、それをぐっと飲みこんだ。
「仕方ない。ほら、行くぞ。」
カイはソヨルとレオを促し、貧民街の奥へと進んだ。
その背中を見送りながら、ミゲルはため息をついた。
「あの、申し訳ありません。二手に分かれたのって私とカイさんに気を遣ってのことですよね?」
アンナはミゲルの背中を追いながら尋ねる。ミゲルは足を止めるとアンナの方を振り返った。
「まあ…、そうだな。」
ミゲルは無愛想に答える。すると、アンリは呆れ顔で二人を見た。
「まったく、二人ともしっかりしてよ。姉さんはいつまでもむくれてるし、あんたは気の遣い方が下手だし、これじゃあ先が思いやられる。」
最年少のアンリに言いたいように言われてしまい、二人はばつが悪そうな顔をする。すると、ぐうと腹が鳴る音がした。
この雰囲気に似つかわしくない間抜けな音にアンリは思わず噴き出す。
「ご、ごめんなさい。実は、先ほどからお腹が空いていて…。ああ、何でこんな時に鳴ってしまうのでしょう…。」
アンナは涙目になりながら、説明する。
「この辺に何か食べ物が売っている店がないか探してみよう。」
ミゲルは冷静に辺りを見渡す。
すると、大きな籠を持った貧民街にしては珍しく恰幅の良い女性が、三人に話しかけてきた。
「あんたら食べ物を探しているのなら、このパンをお食べ。」
女性は籠から三つパンを取り出すと、三人に手渡した。
「ありがとうございます。あの、お代は?」
アンナが恐る恐る尋ねると、女性は首を振った。
「いらないよ。これはここら辺の子どもたちにタダで配っているものだから。あと、ここら辺のお店はあまり安全な材料を使っていないみたいだから、買うのはやめたほうがいいよ。それじゃ。」
女性はそれだけ言うとさっさと行ってしまった。
アンナは貰ったパンを見つめると、先ほどの少年のことを思い出した。少年はこのパンを貰うことができただろうか、貰ったとしてもこのパン一つではお腹は満たされないだろう。
やはり先ほどお金を渡すべきだったのではないだろうか。自分だけこのパンを貰って腹を満たすことはどうしても許せなかった。
「私、このパンを先ほどの男の子に渡してきます!」
「え?ちょっと待って!」
アンリの制止も聞かず、アンリは走って先ほどの少年が走っていった方へ行ってしまった。
止められるのを防ぐために行方をくらませる魔術を使ったのか、あっという間に姿が見えなくなった。
「まずいな。オレは急いでアンナを追うからアンリはソヨルたちにはぐれたと伝えに言ってくれ。」
「僕も捜した方がいいんじゃ…。」
「さっきの男の子が走っていった方は、貧民街でも特に危険な場所だ。二人で捜しに行って何か事件に巻き込まれでもしたら助けを呼ぶこともできない。ソヨルたちには迷惑をかけることになるが、予め助けを呼んでおいた方が良い。」
「分かった。魔力の反応から三人とはだいぶ離れてしまったみたいだけどなるべく急ぐように伝えてくる!」
アンリは気持ちを引き締めると、貧民街の奥の方へと向かった。
ミゲルも意を決してアンナが向かった方角へと足を進める。
(あの時、自分も注意しておくんだった。貧民街の危険性は誰よりも分かっていたはずなのに!)
どうかアンナが無事であってほしいと祈りつつ、ミゲルは走る。
しかし、ポタリと雫が地面に落ちたかと思うと、あっという間に雨が降ってきた。
(どうしよう。もし、アンナが誘われるままに建物に入ったら…。)
ミゲルは最悪な状況を想定してしまった。
しかし、そんなことを考えている暇はない。
ミゲルは雨に道を阻まれながらも、アンナを捜す。
雨はまだ、降り始めたばかりだ―。
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