第二話 故郷恋し
「はーっ、リートゥスに帰りてえ。」
レオは人目も憚らずに大きなため息をつく。団員たちの視線が一気にレオに注がれる。
「おい、訓練中だぞ。私語は慎め。」
カイがレオにすかさず注意するが、レオは相当不満が溜まっているようで、訓練そっちのけでカイに続けざまに話しかける。
「だいたい、訓練がキツ過ぎるんだよ。そりゃ故郷が恋しくもなるさ。」
「分かった。5分だけ話を聞いてやる。皆、5分休憩だ。」
カイはこれ以上無理に訓練を続けてもレオのやる気も湧いてこないと判断したのか、しばし話を聞いてやることにした。
同郷であるカイはレオの気持ちが分からないでもない。
リートゥスからアモル王国はかなり距離があるので、気軽に帰ることはできない。
ちなみに、かつてリートゥス公国と言われていた地はニバリス等の他の国同様、今もリートゥスという名前が使われている。
「はあ、母さんやきょうだいたちに会いたい…。」
「まったく、そんな弱音ばかり吐いていたら家族にも幻滅されるぞ。今、お前は亡くなった親父さんの代わりに頑張らなければいけない時なんだ。」
「分かってるけど、それも俺にとっては重荷なんだよ。」
レオは完全に不貞腐れている。
カイは軍の中心の一人であるレオがこんな調子だと軍全体の士気に関わると思い、なんとかレオを元気づける方法を模索するがなかなか思いつかない。
そこで、思い切って他の者に知恵を借りることにした。
「おい、団長。ちょっといいか?」
「カイ?どうしたんだ?」
本当はこの手の相談は物腰が柔らかいソヨルにお願いしたいところだが、今日もアンリに付きっきりであるため話しかけづらい。
それに、ミゲルは団長として団員の悩みに寄り添うという経験も必要になってくるだろうと思い、今回はミゲルに頼むことにした。
「レオが珍しく落ち込んでいるんだ。ちょっと話を聞いてやってくれないか?」
「え…、オレが?」
ミゲルは戸惑いながらも、レオの横にしゃがみ込む。
レオはミゲルを見るなり、目を丸くして驚きの声を上げた。
「ミゲル!?どうしたんだ?」
「な…、その反応は失礼だな。こっちは団員の悩みに耳を傾けようとしているのに…。」
ミゲルはやや呆れた顔でレオを見つめる。
しかし、レオにとってミゲルがとった行動はかなり予想外であった。
(まったく、相変わらず何考えてるのかわからない奴…。)
レオは困惑しながらも、ミゲルなりの気遣いに甘えることにする。
「俺さ…、去年父さんを病気で亡くしてるんだよ。だから、今度は俺が大黒柱になるわけなんだけど、どうもこう、覚悟ってものが足りないらしくてな。今でもこうしてホームシックになっては泣きたくなっちまうんだ。」
「そうか…。」
ミゲルは言葉少なに返す。
ミゲルなりに励ます言葉を探しているようだが、どうも上手い言葉が見つからないらしい。しばらく考え込むと黙りこんでしまった。
「すまない…、どう返したらいいのか分からない。本当は休暇でも取らせてやりたいんだが、生憎しばらくは無理そうで…。」
「いいよ。逆にごめんな。気を遣わせて。」
レオはミゲルが真剣に考えてくれたことが嬉しくて、この日初めての笑顔を見せる。
「オレも、血のつながった家族ではないけど、とても大切な人を最近亡くしたんだ。」
レオは驚く、偏見だが、ミゲルにはそういった特別な人はいないと思っていたので少々意外だった。
「それで、その人が今までやってきたことを自分が引き継ぐって決めたのは良いけど、それが途方もなく大変なことだって気づいてときどき挫けそうになる。だから、レオが言いたいこともなんとなく分かるはずなのに、上手い言葉をかけてやることができなくてごめん。」
レオはレオ、ミゲルはミゲル、そして、皆は皆でそれぞれいろいろ抱えているものがあるのに、レオは自分だけが不幸だと思ってしまったことを恥じた。
しかし、それ以上に自分は仲間に恵まれているのだと実感した。
カイは訓練を中断してまで話を聞いてくれたし、ミゲルも口下手なりに励まそうとしてくれた。
その温かい気持ちに触れたことを実感すると今度は故郷が恋しくて流す悲しい涙ではなく、また別の気持ちが溢れて出てくる涙が流れてきそうになる。
レオは涙を隠すようにミゲルに抱き着いた。
「ちょっ…、レオ!」
ミゲルの動揺などお構いなしに抱擁を強くする。
レオの胸はドクドクと五月蠅く、耳まで真っ赤になっているのがわかった。
「いいだろ、男同士なんだし、減るもんじゃねえし。」
「その割には随分緊張しているみたいだが…。」
ミゲルがクスリと笑うと、つられてレオの顔にも笑みが浮かぶ。
(まったく、いきなり男に抱き着きたくなるなんて…。ちょっと弱り過ぎだよな。)
レオは自嘲するが、腕の中にあるぬくもりから離れがたく、ミゲルから離れようとしない。ミゲルは少し困っていると、なじみのある声に助けられた。
「ほらほら、お二人とも仲がよろしいのは結構ですが、そろそろ訓練を再開しないと。」
ソヨルがやや呆れた顔で、レオをミゲルの身体から引きはがす。
レオはバツが悪そうな顔をしているが、ミゲルはいたって無表情であった。
「やれやれ、最初はあんなに突っかかっていたのに。」
二人の様子を見ていたカイはため息をついて表情を曇らせる。
「中が悪いよりかは良いではないですか。」
ソヨルはカイを窘める。しかし、カイの表情は曇ったままだ。
「しかし、少し危ない関係になってきたな。この先、団長の全てを知ったときに今のまま良好な関係を築いてくれるだろうか。」
「カイさんはいずれミゲルさんの全てを明かすべきだと思うのですか?」
「ああ、ずっと隠しておくのも無理な話だろう。」
「そうですか…。でも、きっとレオさんなら大丈夫ですよ。それに、たとえ全てを知って今の関係が壊れることがあったとしても、僕があの人のことを守りますから。」
「お前…、よくそんな恥ずかしいことをさらっと言えるな。」
「え?」
カイはこの先、どうか何事も厄介なことが起こらないように祈るばかりであった。
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