第九話 「死神」とよばれし理由

四人は軍の拠点に戻るため、馬車に揺られていた。


馬車を引いているのは馬扱いに心得のあるカイで、キャビンの中ではミゲルの右隣にソヨル、左隣にレオが座っている。


沈黙が苦手なレオはしきりにミゲルに話しかけているが、返事は素っ気ないもので全く話は弾まない。


ミゲルはミゲルで騒がしいのは得意ではない。いっそ口封じの魔法でもかけておこうかと思ったその時、馬車が急停車した。


「どうした?何かあったのか?」


レオが馬車から顔を出すと、剣や斧を構えた大勢の男たちが立ちはだかっていた。


「お前たち、あの優男が住む屋敷から出てきたな。いったい何をしていた。」


(アモルの軍の者か、俺らの軍のことを知らない奴らしいな。)


カイは冷静に分析すると、馬車から降りて男たちに話しかけた。


「いや、挨拶がまだで申し訳ありません。俺たちは旧ノックス国王の協力で結成された正真正銘アモル王国の軍の者です。司令官であるアマンド氏に少々確認したいことがあってここを訪れておりました。」


「悪魔の国の王がアモルに協力?随分落ちぶれたものだな。その話なら少し前から聞いてはいたが、俺たちはお前たちの存在に納得していない故、ここを通すわけにはいかない。」


「は!?」


カイは驚くが、急いで魔力の込められた右手の人差し指の指輪から剣を具現化させる。


「ここを力づくで通ることもできない軟弱者にアモルは任せられない!」


一人の軍人がそう言うなり剣で切りかかってきた。


カイはその剣を難なく受け止めると、後ろを振り返ることなく叫んだ。


「おい!団長、副団長、レオ!急いで武器を構えて出てこい!戦闘だ!」


「分かってるよ!ったく、応援頼むときの態度じゃねえな。」


レオは力強く斧を振り上げる。


「いいか?殺すなよ?こいつらは腐っても同胞だ。」


「おいおい。難しい注文だな。」


「難しかったら団長の援護に回れ。」


「ミゲルの?」


レオはふとミゲルの方に目をやると、奇妙な光景が目の前に広がっていた。




ミゲルはその細身の体格に不釣り合いな大鎌を軽々と扱い、次々と兵士たちに切りかかる。


大鎌での戦闘は動きが大きく隙が生まれそうなものだが、素早い身のこなしと相手の動きに先んじた動きで一切の隙を見せない。


また、奇妙なことに倒れていく身体には傷一つ付いていない。それにも関わらず倒れた者たちは立ち上がることはなく意識を失っているようだった。


ミゲルの魔力の指輪が嵌められている右手は小さな光を放っている。


「ソヨル、援護を頼む。」


「はい。」


ソヨルが短く返事をすると、ソヨルの左手の人差し指に嵌められた指輪も光を放つ。


左手に持った槍で男を薙ぎ払うと相手の動きが静止した。


そこにすかさずミゲルが大鎌で切りかかると、兵士は血を一滴も見せずに倒れる。


「どういうことだよ…。」


斧で兵士たちの攻撃を受け流しつつ、カイに今起きていることに対する説明を求める。


「詳しいことは後で説明するが、あれはあいつの魔法だ。」


カイが切りかかってきた斧を剣で受け止めるとキンッという音が鳴った。


「魔法?」


「あいつが得意とする魔法は人の魂を操る魔法だ。魔術を込めた武器で切りかかると相手の魂を抜き取ってしまうことができるんだよ。『死神』って呼ばれていたのもその奇妙な魔法のせいだろうな。」


「なるほどな…。だから死神…。」


「それにソヨルの時間を操る魔法とは相性が良い。ソヨルの攻撃で相手の動きを止めた瞬間にミゲルが切りかかるといった戦法をとれば安全に相手を戦闘不能にすることができるというわけだ。」


「なんというか…、すげえな。」


レオとカイはとどめはミゲルに任せることにし、襲い掛かってくる兵士たちの攻撃をひたすら受け流すという守りの体制に入ることにした。


「はっ!」


攻撃を受け流され兵士が怯んでいる隙にミゲルが素早く切りかかる。


「あと何人だ?」


「一人だ。」


カイが目配せをすると軍のリーダー格らしき男が息を切らして立っている。


「ああ、お前たちの実力はもうわかった…。降参だ…。」


男は武器を手放すとその場に膝を突いた。


「よし、戦闘終了だ。」


ミゲルはそう宣言すると指輪に力を籠め、集めた魂を元に戻した。


意識を取り戻した兵士たちはミゲルを見るなりひどく怯えた。


「な、何なんだお前ら…。奇妙な術使いやがって!」


「その奇妙な術を使わないとお前たちは死んでいたのだが…。少し怖がらせてしまったな。」


ミゲルは無表情のまま兵士たちを見つめると、リーダー格の男に話しかけた。


「これで、通してもらえるよな。」


「あ、ああ…、もちろん…。」


ミゲルは踵を返すと馬車に乗り込んだ。


カイ、レオ、ソヨルも続いて馬車に戻るがレオはリーダー格の男に向かって「けっ」と悪態をついた。


カイはそんなレオに気づくと軽く小突く。なにはともあれ拠点に戻ることができそうで皆安堵の表情を浮かべていた。




「しっかし、お前の魔法はすげえな!俺、驚いて言葉も出なかったぜ!」


「そういえば、お前には魔法のことを説明していなかったな。」


「おうよ!まったく、秘密にするなんてちょっと寂しいぜ。ソヨルの魔法のことは知っていたけどよ!うちの軍はそれ以上にすごい切り札をもっていたんだな!」


レオはよほどミゲルの魔法に感動したのか、話が止まらない。


ミゲルはまた鬱陶しそうにしているがお構いなしだ。


レオはミゲルの肩にポンと手を置く、すると、そのときまた胸がドキリとし、顔が熱くなった。


(またこの感覚…。)


「あまりベタベタ触れるな。気色悪い。」


ミゲルはレオの手を払いのけると、目をつぶり狸寝入りを始めてしまった。


「あっ、こら寝たふりしやがって。」


「ずいぶんミゲルさんと仲良くなったのですね。」


ソヨルが生暖かさを孕んだ目で見つめてくる。


「仲良くなってるのか…?俺は確かにもっとミゲルのこと知りたいと思ってるけど、こいつは何考えてんのかよくわかんないしな。」


「そうですか…。きっとこのまま行けばいつかは話してくれますよ。」


「そうか…。」


「もっとも、レオさんがどのくらいのことまで受け入れてくれるかにかかっていますがね。」


「ど、どいつもこいつも思わせぶりだな…。」


レオは隣で狸寝入りを続けているミゲルの顔を横目にこっそりとため息をついた。













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