第八話 何もしらない

夜が明け、ソヨルが再び屋敷に戻ってくるとミゲルは帰り支度を済ませていた。


「もう大丈夫ですか?」


「ああ。その…。」


「どうしましたか?」


なかなか続きを言い出さないミゲルに首を傾げつつ、ミゲルの言葉を待つ。


「昨日、オレがしたことと言ったこと覚えていたら忘れてほしいんだ。あんなこと、思い出しただけで穴に入りたくなる…。」


ミゲルは赤くなった顔を両手で覆いながら、懇願した。


ソヨルとしてはミゲルの意外な一面を見ることができて嬉しかったのだが、本人にとってはかなり恥ずかしい言動だったらしい。


だが、こうして恥ずかしがっている顔を見るのも初めてだ。


時が経つにつれさまざまな表情を見せてくれるようになったことに安堵すると、思わず笑みがこぼれてしまう。


「分かりました。できるだけ忘れますね。」


「で、できるだけってなんだよ。」


他愛のない話をしていると、屋敷の外から馬車の音と馬の鳴き声が聞こえた。


「歩いて帰れるのに馬車を呼んだのか?」


「いいえ、僕は馬車を頼む使いは出していないのですが…。」


不思議に思い、部屋の窓から外の様子を伺うと確かに馬車が止まっている。


しかも、軍の馬車だ。すると、中から赤い髪色をした青年が下りてきた。


青年はこちらの視線に気づいたのか、元気よく手を振っている。


「レオ?何でここに?」


ミゲルは目を丸くした。そうこうしているうちに青年は窓に近寄ってくるが、いくら軍の人間とはいえ勝手に屋敷に入れる訳にはいかない。


ソヨルは窓越しに入り口に回るよう伝えるとレオにはしっかり伝わったようで、入り口に向かって走っていった。


そうしてしばらくすると客室の扉がノックも無しに勢いよく開かれた。




「ミゲルーっ、倒れたって大丈夫なのか!?」


「ちょっ…、抱き着くな気色悪い。」


ミゲルの言葉などお構いなしにレオはミゲルを強く抱きしめる。


「ん…?お前いい匂いするな。」


「は!?」


ミゲルは思わずレオの身体を突き放す。


「うん。いつものミゲルだ。元気そうで安心したぜ。」


レオはミゲルの身体から離れると目に涙を浮かべていた。


「おい。どうして泣いている!?」


「いやーっ、お前の元気そうな姿を見たら安心してよお。」


レオほど感情が分かりやすい奴はいない。


よっぽどミゲルのことを心配していたのだろう。


そう思うと嬉しいが急に抱き着いてくるのはあまりありがたくない。


「レオさん、みだりに人に抱き着いては、誤解を生みますよ。あと、部屋に入るときは必ず了承を得てからにしてくださいね。」


「はいはい。悪かったな。」


レオが渋い顔で返事をするとノック音が響くソヨルが返事をすると扉が開きカイが入ってきた。


乗馬用のブーツを履いていることから、恐らく馬車を引いてきたのはカイなのだろう。


「そういえば、お二人ともわざわざお迎えに来てくださったのですか?」


「俺は迎えを要請する連絡が来るまでおとなしく待っていろと伝えたのだがな。レオが心配でしょうがないから迎えに行くと言ってきかなくてな。渋々馬車を引いて迎えに来てやったんだ。」


カイはため息をつくと眼鏡を人差し指でついと押し上げた。


渋々とは言っていたものの、自ら迎えに来てくれたのは予想外だった。


ミゲルはカイに礼を言うとカイは照れ隠しなのかそっぽを向いてしまった。


「道中で倒れられたらソヨルが大変だからな。もう倒れることがないよう、体調管理は怠るなよ。軍人としての基本だからな。」


「ああ、その…、すまない。」


「まあ、説教はそれぐらいにしてさっさと帰ろうぜ。アンナとアンリが言いたいことあるんだってよ!」


レオは早くミゲルにアンナとアンリが決意を固めたことを伝えたくて仕方がなかった。






レオがミゲルの手を引こうと手を握った瞬間、ドキリと胸が鳴った。レオは驚き、ミゲルの方を振り返る。


「ん?どうした?」


急に動きを止めたレオを不審に思い、ミゲルが様子を伺う。


「い、いや…。何でもない!それより早く行こうぜ!」


レオは慌ててミゲルから手を離すと、先に走って行ってしまった。


ミゲルに触れた手に熱が集中する。


(何だ?さっきの感覚は…。妙な魔術か?そういえば、ミゲルがどんな魔法を使うのか知らないな…。)


そんなことを考えながら歩みを進めていると、レオはふとあることに気が付く。


(俺、ミゲルの魔法どころかミゲルのこと何にも知らねえ…。)


何となく後ろを振り返るとミゲルと親しげに話すソヨルの姿が目に映った。


そういえば、二人は知り合いである上に共に一つ屋根の下で暮らしているのであった。


となると、ソヨルはミゲルのことをどこまで知っているのであろうか。


共に暮らしているのであれば家族の事情は知っているだろうが、友人や恋人の存在や出身地、今までどんな人生を歩んできたのかまで知っているのか。


聞いてみたいような気もするが何となく触れてはいけないことのような気がして、どうしても聞くことを躊躇ってしまう。


「レオ、さっきから様子が変だぞ。どうかしたのか?」


「ぬわっ!」


突如、レオの様子を不気味に感じたカイに声を掛けられる。


レオは考えに没頭してカイの気配に気づくことができなかったため、驚いて変な声が出てしまった。


「脅かすなよ…、ただちょっと考え事してただけだ。」


「考え事?」


「お前が?」というような顔でカイが聞き返す。


その表情に少しイラつきながらもレオは続ける。


「思い返してみると俺ってミゲルのこと何にも知らねえなあって思ってよ。ほら、あいつの出身地とか全く知らねえんだよ。」


「出身地は、ここ、アモル王国と聞いている。それ以外のことはあまり詮索しない方が良い。」


「へ…?なんだよそれ…。」


カイの顔を覗き込むと何かを考え込んでいるような表情をしていた。


レオにはその表情から何かを読み取ることはできなかった。





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