第七話 安息
真っ暗な闇の中光が差したと思うと、急速に意識が明瞭になってくる。
重い瞼を無理やり開けると見慣れないシャンデリアと天井が視界に飛び込んでくる。
「ん…、ここは…?」
「アマンド様のお屋敷の客室ですよ。」
声がする方に目をやると、ソヨルが心底安心したような顔でミゲルを見つめていた。
辺りを見渡すと高級そうな調度品があちこちに置かれていて、ここはソヨルが言うようにアマンドの屋敷の一室なのだということが分かった。
そして、自分はどうやら寝台に寝かされているらしい。後頭部や背中にはふかふかとした感触が伝わってくる。
「どうしてまたこんなところで寝ているんだ?」
「覚えていらっしゃらないのですか…?アマンド様とお話をしていた最中に倒れたんですよ。」
「倒れた?」
そういえば、アマンドから助言を貰って安心した瞬間に奇妙な感覚に襲われたことを思い出す。どうやら自分はその後に倒れてしまったようだ。
レオほどではないにしろそれほど体力がないわけでもなければ、病弱でもないのになぜそのようなことになってしまったのか、考えを巡らせても思い当たらなかった。
「お医者様の見立てですと過労で倒れたのではないかということです。最近は軍のことでいろいろバタバタしていましたし…。それに…。」
「それに?」
「ミゲルさん、最近眠れていますか?」
そう聞かれミゲルはぎくりとした。図星を突かれ思わずソヨルから目を逸らす。
「やっぱり…、最近夜中もソニアさんに起こされてよく眠れていませんでしたよね。ミゲルさんが率先してソニアさんと一緒に寝てくれるのは良いのですけど、僕やカルシダさんも頼ってください。カルシダさんも心配していましたよ。」
ソヨルが心配そうにミゲルの顔を覗き込む。
ソヨルはミゲルのことをいつも心配してくれている。
もし、ソヨルを頼ればソヨルは嫌な顔一つせずに引き受けてくれるだろう。だが、そうできない事情もミゲルにはあった。
「でも、ソニアをカルシダさんの家に連れてきたのはオレだし…。」
「そうは言っても、一人で赤ちゃんのお世話を全部しようってのは無茶な話ですよ。これからは一人で抱え込もうとしないでください。いいですね?」
ソヨルにしては珍しい反論を許さないような口調で言われてしまうと、ミゲルは頷くことしかできない。
ソヨルの優しさに感謝しつつも、申し訳ないという気持ちがどうしても拭えなかった。
しばらく二人は黙り込んでしまっていたが、ミゲルはあることに気づいた。
「そうだ、拠点に戻らないと。」
「今日は無理ですよ。使いは出しましたので、今日急いで戻らなくても大丈夫ですよ。」
「そうか…、何から何まで本当にすまない…。」
ミゲルは力なく言うと、申し訳なさから俯いてしまった。
ソヨルはそんなミゲルを心配そうに見つめると、空気を変えようと明るい声で話し始めた。
「せっかくゆっくり休めるのですから、もうひと眠りしませんか?あ、安心してくださいね。僕はもう少ししたら家に帰りますけど明日の朝また戻ってきますし、従者の方がお食事なんかも用意してくれるようですよ。」
「帰るのか…?」
「はい。ミゲルさんをお一人にしなくて済みそうですし、カルシダさんのことも心配ですので。」
「そうだな…。」
「ああ、でもこれから軍の活動が本格的になればカルシダさんが夜、家に一人になる機会も出てきますね。何か考えないと…。」
ソヨルはそういうと荷物を纏め始める。
そんなソヨルを見てミゲルは急に心細くなってきた。
もう17になるのにこれでは子供ではないかと、思いつつも思わずソヨルを呼びとめてしまった。
「どうしました?何か必要な物とかありましたか?」
ソヨルは振り返ると、ミゲルに笑いかけた。
「あの…、もう少しここに居てほしいんだ。急に心細くなって…。」
ソヨルは目を丸くする。
だが、すぐに笑顔を見せると寝台の横に置かれていた椅子に再び腰掛け、ミゲルの声が聞き取りやすいように身を屈める。
「すまない…、こんなこと言って気持ち悪いよな…。」
「そんなことないですよ。ミゲルさんは最近気を張り過ぎです。倒れたときぐらいもっと甘えてもいいのですよ。」
「ソヨルはやっぱり優しいな。本当はお前みたいな人が団長になるべきなんだよ。オレなんかに上手く務まるわけもないのに…。本当は逃げ出したくて仕方ないんだ。」
ソヨルの優しい言葉に思わず弱音が漏れ出てしまう。言ってしまってからはっとしたのか、ミゲルは慌てて口を手で覆う。
「こんなこと言っていているような団長はダメだよな…。すまない、忘れてくれ。」
ソヨルは首を振る。
「初めてミゲルさんの本音を聞くことができて嬉しいです。すみません…。あなたを一人でそんなに追い詰めさせてしまって…。」
「本当に…、ソヨルは優しすぎる…。」
ミゲルは弱音を吐いても一切怒らないソヨルの優しさに救われる。
しかし、それと同時に申し訳ない気持ちにもなる。冷静に考えてみればそんな優しすぎるソヨルに団長という役割を背負わせるのは酷なのかもしれない。
なるほど、アマンドはそのことを踏まえた上で自分を団長に任命したのかもしれない。
そう思うと、しっかり団長の務めを果たさなくてはいけないという気持ちになる。
「話を聞いてくれてありがとう。だいぶ楽になったからもう大丈夫だ。」
「そうですか?それなら、もう少ししたら行きますね。」
ソヨルは安心した様子で再び荷物の用意に取り掛かった。
「それでは、おやすみなさい。」
ソヨルが優しく声を掛けると、ミゲルは穏やかな眠りについた。
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