第六話 決意

「ほら、もう勝手に抜け出すんじゃねえぞ。」


先程軍議の最中に抜け出したアンナとアンリがカイに伴われて戻ってきた。


アンナは申し訳なさそうな顔をしているが、アンリはいかにも不服そうな顔をしている。恐らくアンリなりの考えと覚悟があって拠点を抜け出したのだろう。


とはいえ、魔力を持つものどうしは魔力探知の魔法によって簡単に居場所を割ることができてしまうのだが。


「よお。お疲れさん。カイ。」


拠点で留守番していたレオはカイに労いの言葉を掛ける。


カイが帰ってきたことによってレオはほっと胸を撫でおろす。


レオは拠点で留守番をしている間、他の団員たちの不満に対して一人で相手をしていたところであった。


「悪かったな、一人で相手するのは大変だったろう。あとは俺が何とかするから。」


カイはレオに耳打ちするとアンナとアンリを席に座らせる。そして、他の団員たちに目をやると一つ咳払いをした。


「先ほどは混乱を招いてしまって申し訳なかった。今、団長と副団長が編成の意図についてアマンド様に伺いに行ったところだ。不満がある者は今のうちに聞いておいてやるから遠慮せずに言ってくれ。」


「そんなぶっきらぼうに言っても誰も言いにこねえよ。」


レオはカイの言い方が気に食わなかったのか、口を尖らせる。


レオは実のところ少し腹が立っていた。それも編成についてではなく口々に不満を漏らす団員たちに対してだ。


レオ自身は軍の中心となるという大役を任されたことは大変光栄なことであったし、それで給金が上がるならば実家への仕送りも楽になるとさえ考えた。


それに対しての不満の声は自分には無理だと遠まわしに言われているようで悲しかった。


「皆好き勝手言いやがって。俺だって最初言われたときは戸惑ったけど、正直嬉しかったし、頑張ろうって思ってたんだよ。それなのに、アンリは何もしてないうちから逃げ腰だし、他の奴らは俺らには無理だとか不満ばっかりだし、いい加減にしろよ。」


レオは吐き捨てるように言うと、アンリも不満が溜まっているのかわなわなと震えながら口を開いた。


「お前みたいなバカにはわかんないだろうな。軍の中心になるってことの意味が。19にもなってそんな単純に物事考えられるなんて随分お気楽だな。」


「なっ…。お気楽で何が悪いんだよ。お前みたいな腰抜けよりよっぽどいいじゃねえかよ。」


カイとアンナは二人がこれ以上言い合いを続けると喧嘩に発展すると察し、それぞれ宥め始めた。するとそんな様子を見かねた団員の一人が口を開いた。


「そんなすぐに喧嘩になっちまうようなガキに軍は任せられねえよ。」


レオはその言葉に頭が冷えたのか、「わりぃ。」と一言謝ると口を閉ざした。レオとてこんなことで団員の信頼を損ねることはしたくない。レオが黙るとアンリはツンとそっぽを向いた。




「それで?アンナとアンリはどうしたいんだ?このまま引き受けるか、それとも他の奴に任せるか選んでいいぞ。」


カイはやる気のない者が軍の中心を担うことはしてほしくない。これ以上この話をこじらせることは得策ではないと思い、あえてこのように切り出した。


「あの…、私は引き受けたいです。」


アンナおずおずと手を挙げた。その場にいたアンナ以外の者は全員驚いた。


「なんで!?さっきは納得できないって。」


レオが思わず理由を尋ねる。アンナは決意に満ちた目でレオを見返した。


「先ほど、レオさんが『何もしていないうちから逃げ腰』とおっしゃっていたでしょう?その言葉は私に対しても当てはまる言葉だと思ったのです。私は騎士団にいた頃は下っ端で、皆さんには『ニバリスの貴族のお嬢様』としてしか接してもらうことができませんでしたので、役職も与えられませんでした。でも、いつの間にか私はそれが当たり前だと思ってしまったのです。だから、最初にこの話を聞いたときとても戸惑いました。」


「戸惑うのはしょうがないだろう。」


レオが言うと、アンナ首を振って話を続けた。


「でも、思い出したんです。私がなぜ戦場に立つことを選んだのか、それは、『ニバリスの貴族のお嬢様』という肩書きを捨ててしまいたかったからです。だというのに、騎士団では結局その肩書きに甘えて、さらに、そんな自分に気づかずに環境を変えたくて入ったこの軍でも逃げ腰になってしまって…。私はそんな自分を変えたいです。だからどうか私に軍の中心としての仕事を任せてもらえないでしょうか。」


アンナの真っ直ぐな思いを聞いた団員は皆黙って頷いた。


アンナは皆が自分の思いを認めてくれたことが嬉しくて蕾が綻ぶような笑顔を見せた。


アンリはアンナの強い思いを聞いて、自分の今までを振り返った。


自分だって甘えて育ってきたのではないか。


弱さを認めた姉はきっとこの先もっと強くなるだろう。


そうしたら自分は置いてけぼりにされてしまう。


レオにまた逃げ腰だとバカにされてしまう。


それは絶対に自分が許さない。


そう思うとアンリはいつの間にか立ち上がっていた。


「僕は正直、この軍には嫌々入ったんだ。父上にたった2個しか差がない姉が軍隊に入っているんだからお前も入って武芸を磨いて来いって言われて、半ば強制的にこの軍に入れられた。父上を含め、いつも周りは家柄とか優秀な姉の弟としての僕を見て僕自身を見てくれないから周りの人は皆大嫌いだった。でも、僕だって一人の男としてもっと自分の力で何かを成し遂げることができなければいけないんだって心のどこかで思っていたのに、そうできない僕が一番嫌いだった。」


アンリは声を震わせながら話していたが、決意ができたのか拳を握りしめ真っ直ぐに前を向いた。


「僕もこんな自分を変えたい。レオみたいなバカにバカにされたまま辞めるなんて死ぬほど嫌だ!」


つい先ほど拠点から逃げ出した者とは別人のような顔つきで力強く訴えた。


その強い眼差しに全ての団員が圧倒された。


先ほどまで不満を漏らしていた団員たちも若者が成長する姿を間近で見たことにより考えを改めざるを得なくなった。




「編成については皆納得したようだし、団長と副団長が帰ってきたら早速報告だな。」


カイが話を終わらせようとすると馬の足音が聞こえてきた。


はて、二人は帰りに馬でも借りたのだろうかと考えているとやや慌てた様子で戸が叩かれた。カイは返事をすると汗だくになった男性が現れた。


「こちら、アマンド様の使いの者です。至急、報告に参りました。」


「どうした。ミゲルとソヨルに何かあったのか?」


「それが…。ミゲル様が突如体調不良により倒れてしまったので、今日はお屋敷の方で一泊されるとのことです。そして、明日になっても回復しない場合はまた使いを寄越すので、馬車によるお迎えをお願いしたいのだそうです。」


「倒れた!?ミゲルが!?」


レオが驚きの声を上げると、団員たちは皆顔を見合わせた。





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