第三話 見つけたもの (改稿版)

訓練場の片付けを終え、ミゲルとレオはカルシダの家へと向かった。


カルシダはソヨルの後見人のような存在で、軍人たちにも慕われている。

貴族の知人から譲り受けた大きな屋敷には、ソヨルやミゲルも居候していた。




道中、口数の少ないミゲルにつられ、レオも黙ったまま歩いていた。だが、ふと横顔を盗み見て気づく。


「お前、その耳飾り…ソヨルと同じだな。」


ミゲルの両耳に光る、銀の十字架のピアスを指差す。


「ああ。」


短く答えるミゲル。気まずい沈黙になりそうで、レオは慌てて言葉を継いだ。


「その輪っかの耳飾りもおしゃれだな。どこで買ったんだ?」


何気なく手を伸ばすと、ミゲルは即座に払いのけた。


「…勝手に触るな。気色悪い。」


「いてっ。そんな言い方しなくてもいいだろ!」


拗ねたように言い返すレオ。そのまま歩を進めると、やがてカルシダの家に着いた。




戸を開けると、カルシダが赤子を抱えて駆け寄ってきた。


「おかえり、ミゲル。…あら、レオも一緒なのね。ごめんなさい、ソヨルは遠くにおつかいに出ていて、今日は帰りが遅いのよ。」


「お邪魔します。大丈夫です、今日はこいつに用があるんで。…それと急で悪いんですが、今日一日泊まってもいいですか?」


「ソヨルとミゲルが構わないなら、いいけど…ずいぶん急ね。」


驚きながらもカルシダは笑って受け入れる。レオはふと、彼女の腕の中で眠る赤子を見た。


「えっと…この子、隠し子ですか?」


「まさか。知り合いの子を預かっているだけよ。」


「そうでしたか。」


ミゲルはカルシダに代わって茶を用意し、レオに勧める。華やかな香りに包まれながら、レオは赤子を見つめた。


「名前は?」


「ソニアよ。」


「へぇ。でも大変ですね。子ども二人も面倒見てるなんて。」


レオは意味ありげにミゲルを見ながら言う。


「そんなことないわ。ミゲルは傭兵団の出だからしっかりしているし、ソヨルもよく手伝ってくれるもの。」


穏やかに微笑むカルシダ。その答えに少し物足りなさを感じながらも、レオは隣のミゲルを見た。彼は黙って茶を飲んでいる。


「お前、傭兵だったのか。」


「昨日、そう言ったはずだが。」


「そういえばそうだったな。ソヨルと知り合いっていうからてっきり騎士団の出かと思ってたぜ。」


「…俺は騎士なんて柄じゃない。」


「はは、確かにそうだな。」


レオが笑うと、ミゲルは少しだけ口元を緩め、ティーカップを見つめた。


「オレはただの傭兵だ。だから団長なんて務まると思っていなかった。でもアマンド様が期待してくれた。ソヨルも背中を押してくれた。だから今は、何とか皆に認められる人間にならなきゃと思っている。」


「“ただの傭兵”が死神なんて呼ばれるかよ。実力は俺も認めてる。あとは人柄だな。もうちょっと愛想よくしろ。女も寄ってこねぇぞ。」


豪快に肩を叩くレオ。


「……別に寄ってこなくていい。」


「まあそう言うな。うちにはアンナって可愛くて強くて育ちもいい女騎士もいるんだぜ。愛想悪いと怖がられるぞ。」


「昨日の集会にはいなかったな。」


「家の用事だってさ。…ああ、そういえばあいつ、弟がいるんだよ。」


「ああ、名簿で確認している。」


「偏屈な奴だから気をつけろよ。」


「お前が言うか。」


鋭い指摘に、レオは豪快に笑った。




「ミゲル、ごめんね。ソニアがぐずりだしたの。抱っこ代わってくれる?」


ミゲルはソニアを受け取り、優しくあやす。すぐに赤子は機嫌を直し、きゃっきゃと笑い出した。その様子にレオも思わず頬を緩める。


「なんだか懐かしいなぁ。」


「子どもがいるのか?」


「ちげえよ。俺の下に四人も弟妹がいたんだ。両親も忙しかったし、貧乏で手伝いなんて雇えなかったから、一番上の俺が面倒見るのは当たり前だったんだよ。大変だったけどな。」


ソニアの柔らかい頬に触れ、あの頃を思い出すように微笑むレオ。そして、ふと気づいた。ミゲルが、これまで見たことのないほど穏やかな眼差しで赤子を見つめていることに。


「…お前も、そんな優しい顔するんだな。赤ん坊の世話は大変だろうけど、手が回らなくなったら俺も手伝いに来る。遠慮すんなよ。」


そう言ってレオは荷物をまとめ始める。


「泊まるんじゃなかったのか。」


「やっぱ赤ん坊のいる家に急に泊まるのは悪いからな。それに…なんとなく、お前のことも分かった気がするし。」


「分かった?」


「ああ。だからソヨルが帰ってきたら帰るよ。それまで手伝わせてもらう。」


「…そうか。ありがとう。」


そう呟いたミゲルの表情は、いつもの無表情ではなく、柔らかな笑みに変わっていた。





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