第一章

第一話 若き団長  (改稿版)

まだ冷え込みの残る初春の早朝。


古びた屋敷の窓辺には一人の青年が佇んでいた。


「“ミゲル”さん。準備は良いですか?」


ミゲルと呼ばれた白銀の髪を持つ青年は振り返り、静かに頷く。




あの日のことを私は今でも鮮明に覚えている。


雲一つない青空が広がっていたその日、私は死神団長としての一歩を踏み出した。




死神団長--


戦乱の世にそう囁かれ恐れられる存在がいた。


彼の瞳は冷たくも、どこか揺らぎが滲んでいた。


その揺らぎに秘められた真実を知るとき、彼の運命は大きく動き出す――




「にしてもソヨル、お前が団長じゃねーのかよ。」


周囲に大勢の屈強な軍人たちがいるのも気に留めることなく、レオが教会の荘厳な空気に似つかわしくない荒っぽい口調で問いかけた。


「僕は団長の器なんて持ち合わせていないからですよ。」


ソヨルと呼ばれた長身の青年は、艶のある黒髪を弄びながら穏やかに答える。表情も柔らかいが、どこか困惑を隠しきれていなかった。


「それではレオさん。逆に伺いますが、なぜ僕が団長にふさわしいと思ったのです?」


レオはがっしりと腕を組み、少し考え込む。やがてソヨルを真っ直ぐに見つめ返した。


「そりゃあ、お前は戦ったら誰よりも強いし、頭も切れる。文武両道で頼りになる。それに俺みたいな田舎者にも分け隔てなく接してくれるし、顔もいい。これだけ揃ってて団長の器がないなんて、おかしな話だと思うね。」


きっぱりと言い切るレオに、ソヨルははにかむように笑った。

だがすぐに表情を引き締め、「…でも」と言葉を継ぐ。


「僕よりも遥かに強い人がいるのです。武器を使った戦闘はもちろん、魔法も強力なものを扱える人が。」


「そうか。そいつは楽しみだな。」


屈託のない笑顔でレオがソヨルの肩を叩いたその時、教会の重い扉が開いた。


隻腕の中年の男性が、眼鏡を掛けた20代ほどの青年を伴って入ってくる。

その姿を目にしたソヨルとレオ、そして他の軍人たちも一斉に深く頭を下げた。


「アマンド様。本日はご足労いただき、誠に恐縮です。」


ソヨルが恭しく告げると、アマンドと呼ばれた隻腕の男は厳めしい顔に穏やかな笑みを浮かべ、首を振った。


「そんなにかしこまるな。それに、今日招集をかけたのは私だ。恐縮するのはこちらの方だよ。」


「アマンド様、挨拶はこのくらいにして本題へ移りましょう。」


眼鏡を掛けた青年カイが促すと、アマンドは頷いた。


カイはついと眼鏡を押し上げ、教会に集まった軍人たちへ視線を向ける。


「本日集まっていただいたのは、この『旧ノックス王国軍団』の新たな団長を紹介するためだ。ミゲル氏――彼は皆の前で挨拶できる日を心待ちにしていた。このように多くの人々が集ってくれたことは、大変喜ばしいことだ。」


軽く挨拶した後、カイは咳払いをひとつ。


「それでは、入ってきなさい。」






再び扉が開き、細い影が差し込んだ。

歩みとともに姿がはっきりと現れる。


背丈は平均的だが細身の体つき。前髪は目を隠すほど長く、後ろ髪は短く整えられている。髪色は白に近い銀で、光を受けて煌めいた。


前髪の隙間から覗く瞳は、桜色と菫色が混じり合う不思議な色合い。長い睫毛に縁どられ、白磁のような肌と相まって人形のように美しい。


一瞬、軍人たちは息を呑み、その美貌に見とれた。

しかし次第に「本当にこの青年が我らを率いるのか」というざわめきが広がっていく。


「…話し始めても、良いだろうか。」


やや幼さの残る高めの声で口を開いた瞬間、教会内は水を打ったように静まり返った。


「この度、旧ノックス王国軍団の団長に就任したミゲルだ。これからアマンド様に代わり、この軍の指揮を執ることになる。どうぞよろしく。」


ぶっきらぼうな挨拶のあと、控えめな拍手が起こる。

やがて拍手が収まると、レオが声を上げた。


「おい。お前、いくつだ。」


「レオさん。団長に向かってその口はないでしょう。」


ソヨルが窘めるが、ミゲルは無表情のままレオを見据えた。


「構わない。好きに話してくれていい。今年で17になる。」


静かな返答に、場がざわめいた。


「17!? 俺やソヨルより下じゃねーか!俺らですら若いと言われたのに…こんなガキに命を預けろってのか!?」


レオが頭を抱えると、他の軍人たちも同じ思いを抱いたのか、ざわめきはさらに広がった。


「静かにしろ。」


カイが鋭い声を響かせる。


「彼が団長となったのは、アマンド様の直々のご指名とソヨルの推薦があったからだ。まだ彼の力を見てもいないうちに、歳だけで騒ぐな。」


その言葉に、ざわめきはすぐさま収まった。


「ソヨル。お前、彼と知り合いなのか?」


レオの問いに、ソヨルは困ったように微笑む。


「知り合いというか…彼の才能に惚れ込み、軍に誘ったのは確かです。」


そこでミゲルが再び口を開いた。


「オレは最近まで傭兵をしていた。その噂を聞きつけたソヨルが、より強い人材を探していたアマンド様に推薦した。二人で手合わせをした結果を踏まえて、俺が団長に選ばれたんだ。」


「まさか…ソヨルが負けたのか!?」


驚くレオに、アマンドが静かに答えた。


「そのまさかだ。アモル王国から“最強の軍を作れ”と命じられ、私は頭を悩ませていた。私はもう戦場には立てないし、ソヨルばかりに負担をかけるわけにもいかない。そこで彼と支え合える存在を探していたところ、彼を紹介され…実際に戦わせ、強い方を選んだのだ。」


「それで、こいつが勝ったってわけか……」


レオは眉をひそめる。アマンドは苦笑しつつ頷いた。


「私も驚いたが、確かに彼の戦闘能力はソヨルを上回っていた。」


しかしレオは納得できず、眉間に皺を寄せたままだ。


「俺は認めねえ!明日こいつと勝負させろ!」


そう吐き捨て、レオは教会を後にした。

短く刈られた赤髪が、炎のように揺れていた。


「オレは…嫌われてしまったのだろうか。」


小さく呟くミゲルに、ソヨルが優しく声をかける。


「大丈夫です。レオさんはすぐに打ち解けますよ。今日来ていない人の中には、もっと気難しい方もいますから。」


だがミゲルの表情は曇ったままだった。


「今日以上のことがあるとなると…先が思いやられる。」


小さくため息をつき、静かに天を仰ぐ。




それでも、私は前に進まなくては―



その瞳に宿る影は、やがて仲間たちとの間に深い溝を生んでいくことになる―。

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