第11話 孫四郎の本当の気持ち
その夜、横になると、どっと疲れが出てきた。
小暮に打ち明けてしまった。
ついに云ってしまった。しかし、自分一人では手に負えない気もしていた。
小園の墓の前にいた孫四郎は何もかもどうでもいいといったような、白い顔をしていた。彼にとって小園は命よりも大切だったのだろう。
その時、ふと、孫四郎の本当の気持ちを知らないことに気付いた。小園は、孫四郎を愛していた。孫四郎はどのように思っていたのだろう。もしかしたら孫四郎は、真実を知りたいのかもしれない。
そこまで考えて、伊織は目を閉じて眠りについた。
翌朝、起きると若党の小暮は出かけており、
朝餉を済ませて登城するための身支度をしていると、小暮が戻って来た。出かける頃には外で待っていて、一緒に城まで行くという。
彼がどこへ出かけたか、伊織には分かっていた。昨日の今日だから、彼はすぐに行動に移したのだろう。案の定、町方を抜けて城へ上がる山道になると、彼は周りに人がいないのを確認して話しだした。
「今朝方、田宮道場の方へ参って、谷村どのと話しました」
「そうか……」
朝早くから孫四郎は稽古をしているらしい。
伊織は息をついた。胸はドキドキしていたが、平静を装って促す。
「それで?」
「若様が、大橋どのと縁を切るなら、彼には手を出さないと申されていました」
分かっていたことだが、それを聞くと、伊織は、怒りのあまり我を失いそうになった。
伊織が黙り込んだのを見て、小暮がため息をついた。
「若さま、分かっていたことでしょう」
「そうだな……」
それしか云えなかった。だが、自分の口から、辰之助とは会わないなど、云いたくなかった。
「若さまが云いづらいのであれば、それがしが大橋どのにお伝えしますが」
「いいよ、俺が云う」
伊織は短く云って、小暮を睨んだ。
小暮は、肩で息をついただけで云い返さずに屋敷へ戻って行った。
伊織は仕事をしている間も、辰之助の事が頭から離れなかった。
何と云ったらいいのだろう。
そもそも、自分たちの関係はいったい何なのだろう。自分は、辰之助を愛しているが、彼は何を考えているのか。
自分の体だけが目的なのか、それとも、少しは好意を持ってくれているのだろうか。
仕事中も気を抜くとため息が漏れた。すると、上司に睨まれて、伊織は慌てて書面に顔を落とした。仕事に集中しなくては。
伊織は、難しい顔をして仕事をしているふりをした。
仕事を終えて、屋敷まで戻る途中、伊織は何度も息を吐いた。孫四郎の姿はなかったが、なんとなく見張られているような心持ちがする。
何事もなく屋敷へ戻り、着流しに着替えた。
早いうちに辰之助に話しをしなくてはならない。しかし、夜遅く会えば気持ちが高ぶるのは分かっていたので、明るいうちに彼に会いに行くことにした。
小暮を呼んで袴をつけると、これから話をつけに行ってくるとだけ伝えた。小暮は何か云いたそうな顔をしていたが、ただ、中間を共に連れて行くように、とだけ云った。
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