第3話
第三章 傘がない夜に
夕方の空は、あっという間に暗くなった。
ビルの谷間に街灯がともり、冷たい雨が強く降り出す。
交差点には、無数の傘がひらき、花のように揺れていた。
翔は就活セミナーへ向かう途中だった。
「遅刻は許されない」「第一印象がすべて」――頭の中で繰り返される。
正しさを選ぶなら、足を止めてはいけない。
けれど、その時。
人の流れの中に、ひとりだけ傘をささずに立ち尽くす姿があった。
髪も肩も濡らしながら、うつむいた横顔。
璃音だった。
翔の足は止まった。
胸の中で、ふたつの声がせめぎ合う。
――社会の正しさを選べ。
――目の前の優しさを選べ。
次の瞬間、翔は群衆をかき分けて駆け寄っていた。
傘を差し出すと、璃音が驚いたように顔を上げる。
「……なんで?」
震える声が、雨に消えていく。
「風邪ひいたら、就活どころじゃないだろ」
翔は苦笑まじりにそう言った。
璃音は少し黙ってから、小さな声で返す。
「でも……君の方こそ、セミナー遅れるんじゃない?」
「正しさなんかより、君の方が大事だよ」
翔の声は、雨の音に負けなかった。
信号が赤から青へと変わる。
群衆が歩き出す中で、二人だけが傘の下に取り残されていた。
やがて肩を寄せ合い、一歩を踏み出す。
その瞬間、翔は気づいた。
正しさだけじゃ、生きられない。
でも、優しさだけじゃ生きられない。
けれど――その間にこそ、答えがあるのかもしれない。
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