第3話 嘲笑のDM

順太郎は、ある夜、配信を終えても眠れずにいた。

ベッドの上でスマートフォンを握りしめ、出会い系アプリを何度も更新する。工場で稼いだ金をつぎ込み続けた過去の記憶は、もうすでに反射的な習慣となっていた。


そのとき、画面にひとつの通知が届いた。

「はじめまして♡ 動画いつも観てます」

送り主は、アイコンに若い女性の自撮りを使ったアカウントだった。名前は「miyu」。


心臓が高鳴った。

視聴者から直接メッセージが届くことは珍しい。しかも女性から。「オーバーグラス、かっこいいと思います」という一文は、順太郎にとって毒にも薬にもならない承認だった。


彼は止まらなかった。

立て続けにメッセージを送り、夜が明けても返事を待ち続けた。数日後にはメアドを交換し、やがて動画配信中にも「miyu」のことを匂わせ始めた。コメント欄には「彼女できた?」と茶化す声が増え、順太郎の胸は久々に膨らんでいった。


だがそれは罠だった。

ある日、掲示板に「土竜がネカマに釣られてる」というスレッドが立った。添付されたスクリーンショットには、順太郎が送ったメールの文章がそのまま貼り付けられていた。


――「正直、君のこと考えるだけで抜ける」

――「オフで会ったら、オレ、止められる自信ないよ」


彼が必死に打ち込んだ文面は、匿名の群衆にとっては格好の笑いのネタだった。

「キモすぎワロタ」「ネカマ釣り堀の大物」「土竜、発情期w」

コメント欄も掲示板も同じ罵声で溢れかえった。


オーバーグラスの奥で、順太郎の眼はうつろに揺れた。

自分の欲望が晒され、赤裸々な愚かしさが世界に拡散される。羞恥は熱となり、熱はやがて快感に似たしびれを伴った。

彼は自分が辱められていることを、どこかで受け入れてしまっていた。


罵倒は呼吸だった。

だがその夜ばかりは、呼吸は苦しく、甘美でもあった。



ネカマに釣られて笑いものになった日々が続く中で、土竜はふと思った。

「もうネットの女は信用できない。リアルで、俺を分かってくれる女を見つけるしかない」


その衝動に突き動かされ、彼は突拍子もない企画を打ち出した。

「土竜オフ会 in イオンモール」

開催日は八月十一日、平日の真昼間。しかも会場に選んだのは郊外の僻地にあるイオンモール。鉄道の駅からも遠く、車がなければたどり着けないような場所だった。


配信で告知するたび、コメント欄は嘲笑に包まれた。

「平日昼に誰が来るんだよ」

「せめて都会でやれよ」

「絶対ガラ空きw」


だが順太郎は耳を貸さなかった。

むしろ、罵倒されるほど「これは本当に来るやつがいる」という根拠のない確信を深めていった。


そして当日。真夏の炎天下、オーバーグラスをかけた彼はイオンモールのフードコートに立っていた。

手には自作の紙看板――「土竜オフ会 会場はこちら」。

時計は正午を回り、やがて一時を過ぎた。


誰も来ない。

カップルや親子連れが冷房を求めて通り過ぎていくだけで、土竜に目を向ける者はいなかった。汗で看板のインクがにじみ、シャツの背中がびっしょりと濡れていく。


一時間、二時間と待ち続けても、結末は変わらなかった。

最後に残ったのは、フードコートの片隅でひとり孤独に座るオーバーグラスの男だけだった。


その様子を彼は動画にしてアップした。

「【悲報】土竜オフ会 誰も来ませんでした」


最初は彼のチャンネルでわずかに再生されただけだったが、数日後、切り抜きと無断転載がTwitterやまとめサイトに流れ込んだ。

「平日昼にオフ会開いて誰も来なかったYouTuber」

「土竜、イオンで晒し者になる」


動画は爆発的に拡散し、彼の名前は瞬く間にネットの話題をさらった。罵笑と共に、順太郎は一躍“時の人”となったのだ。


オーバーグラスの奥で、彼の眼は何かを掴んだように細く光った。

笑いものにされているはずなのに、再生数が伸び、コメントが溢れていく。

土竜は、恥辱と熱狂のあいだに立ち尽くしていた。

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