焦燥ランデブー

@mmm__914

第1話 爪


「あ、割れてる」


仕事終わりの晩、

自宅に着くと、右足の親指の爪が割れていた。

珍しいことだ。

普段はちゃんと切るのに。


「痛いなぁ」


 最近気がついた。

痛いとか嬉しいとか、苦しいとか。そういった感情は口に出すのが一番自身の為になる。

なんせ人間はそうやって表現しないと、自身も気づかない感情を持ち合わせている時がある。

 左足の親指の爪は完全に伸び切っている。今にも割れてしまいそうだ。はやく切らねば。


 いつも定期的に足の爪は切っている。靴下に穴が空くし、外反母趾にもなりかねない。足の爪を切り忘れていたのは、それだけ日々の生活に追われていた証拠だ。

右足の親指に絆創膏を貼った。


「ひだりあしのつめ、どこまで伸びるかな」


この伸び切った左足の親指の爪は、どこまで伸びるのだろうか。

ずーっとずーっと伸びて、お月様まで届いてしまうのだろうか。

はたまた、もっと伸びて、ブラックホールなどにたどり着いて私ごと吸い込まれてしまうのだろうか。


静かに缶ビールを開けて

ごくっとのんだ。キンキンに冷えていた。

冬至なのだから、熱燗でも良かったと思った。


焦ってはいけない。

どこまで伸びるか、見守ってみたくなった。


「今は、冬だし、人前で靴下を脱ぐこともないわ」




貴方とも、もう会わないだろうから。

貴方の前で、靴下を脱ぐこともないだろうから。





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