第37話 内心


...コイツの前世の力を甦らせる術は何か...ヒントっぽいのを与えてアドバイスする...魔法も教えた...他にも成長させる為に丁度良い敵も用意した筈...何だ...何が足りねぇ。


頭を掻きむしり、男は低く唸った。

指が髪をかき分けるたび、思考まで引き裂かれるような感覚が走る。答えは見えない。だが、考えるのをやめるわけにもいかない。

苛立ちと焦燥が入り混じり、呼吸は浅くなる。額には滲むように汗が浮かび、視線は宙を彷徨ったまま定まらない。

髪は乱れ、指先は痛むほど頭皮を掴んでいるのに、悩みは一向に軽くならない。


考えろ。お嬢に前世の記憶を甦らせるにはどうすれば良い?




【教えてあげようか?】

「...ああ、アンタか」


気づけば、周囲の景色が白一色へと変化する。まるで地平線の彼方まで白い異様な空間は、自分の心が見透かされているようで気味が悪かった。


【人の心は読むのに、読まれるのは嫌なんだね】


そこには一人の羽が生えた少女が立っていた。


やっぱ精神干渉の類か?コイツはこの世界の存在じゃねぇ...お嬢の記憶の中にいた怪物によく似た女だ。


【流石は元勇者候補...色々考えてるっぽいけど、意味ないよ】


何も...視えねぇ...


「アンタの啓示に従っても、今んとこお嬢を追い詰めてるだけにしか見えねぇんだが?このままじゃお嬢ぶっ壊れるぞ?」

『堪え性無い男はモテないよ?...はぁ〜まあ安心しなよ。彼女は私の知ってる人間の中で一番折れづらいし。んじゃ次の啓示行くよ』


片腕でノアの首を掴みもう片方の腕で顔を背後の彼女へ振り向かせる。


【魔の王を滅ぼしたくは、彼女と星の智慧派を接触させよ。さすれば、彼女は探索者へと再び成り果てる】

契約ゲッシュは守れよ?」


口角を上げる。


【勿論、私は"約束"だけは守る主義なんだ】


本来、人間とは無力な物である。人が宇宙の神秘を知り尽くせないように、大いなる存在の行動なんて、"観測者"でもなければ観測出来ないだろう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『おい、おーい!』

「ハッッ――ハッッ」


意識が覚醒する。あの後どうなったのだろうかは分からないが、少なくとも今自分は馬車に乗っているようだ。


「俺ちゃん...あの後」

『...混乱しているのかい?あの後君は』


あの後の出来事を聞けば、とてもではないが抑揚を失わずにはいられなかった。

男が〈星の智慧派〉の構成員であることまでは、俺ちゃんも事前にリサーチ済みだった。だが、問題はここからだ。

構成員を殺したところまでは良い――その後、俺ちゃん達は気絶している。

大方の予想はつく。きっと、あの“天使”が関わっているのだろう。

アイツがお嬢と俺ちゃんに干渉し、白い部屋へと呼び込んだ。

だからこそ現実世界では【気絶】という形になって現れた……そんなところだろう。


...天啓こなすか。サブプランと言えど手は抜けねぇ。



森の奥深くを流れるその川は、現実と幻想の境目にあるかのようだった。水面は淡く青白い光をたたえ、流れに合わせて星屑のような輝きが揺れている。岸辺には銀色の草が風にそよぎ、葉先から落ちる雫が、触れた瞬間に小さな光となって消えていく。耳を澄ませば、水音に混じって低く優しい旋律が聞こえ、この川そのものが長い時を生きる存在である事を語りかけてくる。


先程までの喧騒が嘘のようだ。


「そりゃ、お嬢が憑依型だからだろうな...多分倫理観や死生観が混ざって...自分でも訳分かんないだろ?」


柴田の疑問に答え、自然な形で不審点を蒔く。全ては魔王を再び滅ぼす為に――


「お嬢...人間のやめ方って知ってるか?」


自分のしている事に殺意が湧いた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


深夜の野営地は、眠りと警戒が静かに同居する場所だった。

焚き火は小さく息をつくように赤く揺れ、薪が爆ぜる音だけが夜の沈黙を裂いている。炎の光は円を描いて地面を照らし、追撃を警戒する。その外側には闇が厚く折り重なっていた。


空を見上げれば、雲ひとつない夜天に星々が冷たく瞬き、まるで古き神々の眼差しのように野営地を見下ろしていた。


『戻ったぞ〜』

『どこ行ってたんだい?』

「お嬢のとこに少しな」

『...大丈夫だったかい?ほら、彼女が一人にしてくれって...』

「大丈夫大丈夫!ほら!さっさと寝ようぜ!」


"寝ている"彼女を背負って、ノアが足早に皆の元へ戻る。

最低限、点呼を終え人数を確認し再び馬車に乗り込む。何事も無いように、聖都へと歩みを進める。御者以外の不眠で活動していたほぼ全員が、再び眠りについた。



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