転生探索者のすべき事

@SusiBanana9121

第1話 序章

異世界転生――そんな言葉を、現代人は一度は耳にしたことがあるだろう。


追放モノ、料理モノ、悪役令嬢モノ……

今や一つの文化として確立されたジャンル。

日本の若者なら誰もが、少なからずその存在を知っているはずだ。

かく言う私も、名前くらいは知っている。

だが――それが“現実”に起きるなど、誰が想像しただろうか。


『皆の者、王の御前である!平伏せよ!』


瞬間、眩い光が視界を覆った。

気がつくと、私は中庭のような場所に立っていた。

周囲には、現代日本の服装をした男女が数十人。皆一様に戸惑った表情を浮かべている。

そして、玉座の前に立つ一人の男が威厳ある声で名乗った。


『朕の名、ソルグリム・ゼノン・ユリアヌスである』


“朕”――その一人称に、彼女は察する。

王か、あるいは皇帝か。


『そなたたちは選定の儀式を突破し、この地に辿り着いた勇者の卵である。まずは第一試練魂の選別を突破したことを、心より祝福しよう。』


魂の選別? 何の話だ?


戸惑いが広がる中、一人の青年が手を挙げた。

恐る恐る口を開く。


『あの....一体、何がどうなってるんですか? 状況がまるで分からないんですけど』


『おい、これまさか“異世界転生”ってやつじゃないか?』


『ゲームの世界みたいだ』


『異世界って何?』


『魂の選別って...?』


広間は瞬く間に騒然となった。

混乱を、鋭い声が断ち切る。


『鎮まれ!異世界人!』


重装の騎士が男たちを一喝し、王の前にひざまずく。


『王よ、いかがなさいますか』

『うむ、感謝するぞ――エスペランサ。』


今のやり取りから、王と騎士の信頼関係が垣間見える。

ただ……この王はどこか柔らかい。

威厳よりも、弱さを感じる程に芝居ががっていて余計に不気味だった。


『では改めて、貴殿らがなぜこの世界に召喚されたのか。混乱している者も多いようだし、順を追って説明しよう』


王は静かに語り出す。


曰く――

かつて人族と魔族は果てしなき戦を繰り広げた。

“魔王”と呼ばれる存在――絶対的な力を持つ災厄だった。


人類は抗う術もなく、滅亡の淵に追い込まれた。

だがそこに一筋の光が現れる。

唯一神アレフの化身、異世界より遣わされた勇者――後に“転生者”と呼ばれる存在。


女神の寵愛チートを授かった勇者は、常識を超越した力で魔王を討ち果たす。

こうして、世界は平和を取り戻した……かのように思えた。


平穏は永遠ではない。


二十年前、神の啓示が下った。

――三十年後、魔王が再び復活すると。


人類は勇者召喚を試みるが、今度は“チート”を持つ転生者が現れなかった。

幾百の魔法使いたちが二十年の歳月をかけ召喚魔法陣を完成させるも、結果はすべて失敗。

絶望の中、ある魔導士はこう言った。


『神は我らを見捨てた。ならば我らが神を造るまで――』


禁忌に手を伸ばし、異世界人を大量召喚。

魂だけとなった者たちを結界に閉じ込め、最後に残った者に力を注ぎ込み、新たな勇者を人工的に創造した――これが“魂の選別”の正体である。



王はそう話を締めくくる。話が終わっても、誰もすぐには口を開けなかった。

専門用語が多すぎて話が見えてこない者、または異世界の基礎知識があった者。

理解できた者、出来なかった者――反応は半々。




静寂の後、一人の女性がヒステリック気味に叫ぶ。


『生贄にする?認めない認めない!私たちは道具じゃないのよ!』


その言葉を皮切りに、場が爆ぜた。


『ふざけんなよクソジジイ! 』


『二度目の人生まで社畜なんてやってられっか!』


『せっかく異世界に来たんだ、好きにやらせろ!』


怒号が飛び交い、力の奔流が空間を震わせる。

が――


『...仕方ないか』 


「は...?」


冷徹な声。笑みを浮かべたかと思えば、次の瞬間には声色が凍る。


「死にたくない」と言う誰かの心の叫びが、口をついて出ない。


王が呟いた次の瞬間、何の前触れもなく数十人が肉塊と化した。

軽く笑い、しかし次の瞬間には声のトーンが凍りつく。

情緒の欠片もない変化だった。


『これで分かっただろう? 逆らうとどうなるか』


血の匂い、崩れ落ちる音。広間は一瞬で死の空気に包まれる。

息を飲む。手が震え、心臓が喉元まで上がってくる……声にならない叫びが体中で暴れた。


『異世界人――つまりチート持ちを召喚するなら、保険をかけておくのは当然だろう?』


声が出ない。目の前が無惨に人が死ぬ様を見てしまったから。


『いい返事だ。ではこれから――女神の寵愛チートの審査を行う。三列に並べ...強制はしない。勝手を許そう。無論、勝者の特権は存在するがね』


軽い調子でそう言い、王は笑う。


『魔王を滅ぼし、"全て"を終わらせた暁には...どんな願いも叶えられる力を得れるだろう』


残されたのは恐怖と、血と、沈黙のみ。


『では行こうか、エスペランサ』


『はっ』


そう言い残し王――いや、仮面を脱ぎ捨てた道化のような男は、騎士エスペランサを伴い、陽気にその場を立ち去った。


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