第22話 五人の殺人メイド
賭場のボスからの依頼を受けて、森の中の洋館に向かう事になったアイチとアンジェリカ。目的地までの道のりはちゃんと整えられているわけでは無いので、道案内として胡散臭い小悪党、ホランド=ブルームが同行する事になった。
「ほれほれ、アイっちゃんもアンジェリカちゃんも、キビキビと歩かないと日が暮れちまうぜ。この辺りは夜になると狼が出るんだからな」
人が何とか通れる獣道同然の場所を先行しながら、ホランドはアフロ頭に葉っぱをくっ付け得意げな顔で振り向く。
杖を握りアイチを先導するアンジェリカは、怪訝な表情でホランドを軽く睨んだ。
「何だってアンタが案内役なのよ。もっと信用できそうなのがいたでしょう」
「手厳しい事は言いっこ無いにしようや。まぁだ騙された事を根に持ってんのか?」
「当たり前でしょ。遠い昔の出来事みたいに言うな」
「まぁまぁ。過ぎた事を愚痴っても時は戻せなんだぜ、アンジェリカちゃん」
「だから、他人事みたいに言うな小悪党。あと、ちゃん呼びも止めろ」
「俺っちだっておっかない所になんか行きたくないぜ。でも、道案内はボスからの命令だからな。小悪党が逆らえる訳が無いでしょ。諦めなって。俺っちは諦めてるぜ」
まるで自分も被害者だという態度で、悪びれもせずホランドは笑う。
「……ま、やると言っちまった以上、文句ばっかりというのは恰好がつきません」
「わ、わたしだって別にメイド退治について文句は言って無いわよ。ただ……」
ビシッと先を歩くホランドのアフロ頭を指さす。
「こいつが信用ならないって言ってるだけよ」
「俺っち、意外に繊細なんだよ。しまいには泣くぞ」
「信用ならないのは俺も同感です」
「ちょいちょいアイっちゃぁぁぁん!」
ずっこけそうになりながら、振り向いてホランドは大きくアフロ頭を震わせた。
「信用は出来ませんが、それは他の人間をあてがわれたって同じ事です。だったら、人選に無駄な時間を割くより、さっさと向かっちまった方が効率的ってモンじゃないですか」
「まぁ、そうね。胡散臭い男の方が、見捨てる時に良心の呵責が少ないだろうし」
「そういう事です」
「あ、アンタら、滅茶苦茶言うなぁ。俺っち、こんなに献身的なのにッ」
アフロを上下させてホランドは怒る。
歩き続ける内に最初は何処にでもあるような普通の森だった風景が、日が陰ってくると共におどろおどろしい雰囲気が満ちていった。薄暗くなっている原因は魔術めいたモノでは無く、周囲に生えている木々が一般的な樹木より高く伸びていて、広がった枝に生える鬱蒼とした葉が分厚く太陽光を遮っていたからだ。
その所為か空気も何処かひんやりとしていて湿り気を帯びている。
逆に藪や背の高い草むらは少なくなっていて、大分歩きやすい道程になっていたが、今度は湿気の影響か地面から突き出た太い根が苔むしていて、油断すると足を滑らせ転倒してしまうだろう。
「アイチ。足元、気を付けて。苔だらけになってるから」
注意を促しながらアンジェリカが警戒するように周囲を見回す。
地面だけでは無く、幹の太い木々も表面が苔で覆われていたりと、森の中はアンジェリカが想像していた世界とは一風変わった様相が広がっていた。話を聞く限り森自体はそれほど大きく、深いモノでは無いはずなのだが、これではまるで未踏の地にある古代の森に踏み込んでいるような錯覚まで覚えてしまう。
そしてアイチもまた、目視は出来なくとも森の異変を察知する。
「何だか妙な場所ですね。ブルームさん」
「堅苦しいよアイっちゃん。ホランドで構わないぜ」
「……ホランド。この森は以前から、こんな雰囲気だったんですか?」
「えっ? わたしはアンジェって呼んでくれないのに……」
地味にダメージを受けるアンジェリカを余所に置き、問われてホランドは軽く周囲を見回した。
「以前からって言われても、俺もここらに来て一ヵ月くらいだからなぁ」
アフロ頭に右手を突っ込んでわっしゃわっしゃと掻く。
「けど、森なんて一朝一夕で変わるモンじゃないだろ。だったら、昔っからこんな風だったんじゃないのか?」
「……ま、そうですね」
「何か気になる事でもあるの?」
アンジェリカの問い掛けに少し考えてから、いや、と首を左右に振った。
「何かあったとしても、目的地に到着すればわかる事でしょう。それよりホランド、屋敷の主人の五人のメイドに関して、知ってる事を教えちゃくれませんか」
「ああ、いいぜ。って言っても、俺も直接は知らないから伝え聞きだけどな」
そう前振りをしてホランドはメイドに関して口を開いた。
森の中の洋館に住む五人のメイド。
彼女らは『主様』と呼ばれる人物に仕えていると名乗る、辺境の町に姿を見せるには瀟洒でクラシカルな異物であった。
当然ならがメイドの五名は全て女性。しかし、印象はバラバラだ。
一人目はウィドウ。
前髪を真っ直ぐ切った黒髪のメイドで露出が極端に少なく、両腕は肩の部分まで黒い革の手袋で覆われ、口元も黒い布で覆い隠し、顔は半分くらいの目元しか確認できない。物静かだが他のメイドが喋っていると、時折、肩だけ小刻みに揺らして笑っていたりする。
二人目はビスク。
メイドの中では最年少で、癖のある金髪が特徴的な少女、いや、幼女だ。とてもメイドの労働がこなせるような背丈でも年齢でも無いはずだが、彼女は平然と他のメイドと同格として肩を並べ、それに意を唱える者は存在しない。しかし、相応の無邪気さが隠し切れないのな、誰かが喋っていると無駄な茶々を入れたりしてくる。
三人目はオクト。
他のメイド達に比べれば比較的に普通だが、能面のよう表情に動きが無く感情が読み取れない上、声もぼそぼそと聞き取り難い。が、他のメイド達は慣れているらしく、アイチ達には聞こえない声を相手に会話をしていたりする。
四人目はラミア。
糸目と満面の笑顔が特徴的なメイド。この中では一番お喋りなようで、ぺちゃくちゃと率先的に口を開いては、ウィドウに窘められたりしている。癖なのかそれとも乾燥しているのか、目に付くのは頻りに舌なめずりをして唇を湿らせている仕草だ。
最後の五人目はリリス。
メイド達のリーダー格でメイド長的な立場。折り目正しいメイド服を身に着け、スラッと伸びた長い手足が綺麗な美しき女性。主張をし過ぎない、けれども相手に緊張感を与えない穏やかな微笑みを浮かべ、理路整然とメイド達をまとめ上げるその姿は、まさにメイド長の名に相応しいと言えるだろう。
細部までに渡る意外に洞察力のあるホランドの説明は、アンジェリカなどは最初は胡散臭げな表情を覗かせていたモノの、終わる頃には唇を結んで真剣に耳を傾けていた。
そして狙い澄ましたように全員の紹介が終わったタイミングで、先導していたホランドは歩みを緩め、ゆっくりと立ち止まった。
「へへっ、到着したぜご両人。ここが問題の洋館だ」
「……これが」
同じく足を止め目の前の建物を見上げたアンジェリカは、自然と唾をごくりと飲み込む。
薄暗い森の中にひっそりと佇む大きな洋館は、ただ存在するだけで異様な威圧感と不気味さを演出してしまう。見た目は特に不審な点は存在しない。町中に建っていたとしても、金持ちが住んでいるのだろうという感想以外は抱かない、特別な点など一つも無い普通の大きな建物だ。掃除は隅々まで行き届いていて、壁に蔦が絡まっているどころか、日影なる場所にも苔すら生えておらず清潔そのもの。落ち葉の一つも落ちていない。
それ以上に建物全体が醸し出す雰囲気が、例え用の無い陰鬱さを演出している。
不気味なのは普通なら存在する洋館を覆う柵や塀が無く、建物自体が剥き出しの状態で存在している事。まるで森の中に突然、ポツンと出現したかのような人工物は、自然溢れるこの場所にとって違和感以外の何物でもないだろう。
「な、なんだかおっかないわね。何だか妙に威圧感があるっていうか」
気圧された様子のアンジェリカは落ち着かない素振りでアイチを見る。
「ねぇ、何か変な感じしない?」
「……さぁてね」
アイチは鼻の頭を指で掻いた。
「変かどうかはわかりませんが、あまり真っ当な場所じゃなさそうだ。長居する気には、ちょいとなりませんね」
こそこそと二人が話をしている間に、ホランドが小走りに玄関の方へ近づく。
立派な扉の前に立ったホランドは、両手を綺麗にするように擦り合わせてから、コンコンと数回ノックをする。
数秒の間を置いてから扉が内側に開かれ、現れたのは長身の美しいメイドだった。
事前の話と照らし合わせれば、メイド長のリリスだ。
前評判通りの美しい容姿と仕草で、突然の来訪者であるアイチ達に戸惑いの表情すら見せず、むしろ歓迎するように深々と頭を下げる。その際の仕草も流麗で、衣擦れの音すら立てなかった。
「ようこそ、いらっしゃいました。館の主に代わり歓迎いたします」
見た目通りの綺麗な声色に同性のアンジェリカまで見惚れてしまう。
ただ一人、目の見えないアイチだけは、説明し難い違和感に小首を傾げていた。
驚きに止まる三人(アイチは違うが)をリリスは軽く一瞥してから。
「町の方々からの贈り物……と、いうわけではなさそうですわね」
直ぐに状況を理解した様子だったが、微笑を浮かべる表情に一切の曇りは無い。
その視線は一番近くにいるホランドに注がれたが、彼女の美貌にすっかり魅了されていた彼は、だらしない表情でアフロ頭を揺らしていた。
「ああ、えっと……でへへ」
「アホ面晒すだけなら引っ込んでろ!」
「げふっ!?」
後ろから強引に引っ張って下がらせると、代わりにアンジェリカが前に出る。
「初めまして、わたしはアンジェリカ」
まずは警戒心を抱かせないようにきちんと挨拶から入る。
「メイドさんの言う通り、普段とは毛並みが違うタイプの使いだけど、乱暴な真似をするつもりはないわ。出来れば館の主さんとお話がしたいんだけれど……?」
伺うような視線を向けるが、リリスの表情は笑顔のまま崩れない。
「まぁ、そうですか。それはわざわざ御足労頂き、ありがとうございます」
それどころかさらに丁寧な素振りで一礼されてしまう。
「当館へのお客様は勿論、大歓迎で御座いますが、真に失礼ながら我が主は非常に多忙な身。お会い頂くには少々、お時間を頂いてしまうかもしれませんが、よろしいでしょうか」
「……アイチ?」
振り向き確認を取るよう名前を呼ばれ、アイチは無言のまま首を縦に振った。
「OK。問題無いわ、待たせて貰う。何時間だってね」
「左様でございますか。では、此方に」
殆ど変化の無い薄笑みを湛えたまま、リリスは招き入れるように道を空けた。
促されるままアンジェリカと共に入り口を潜ると、まず最初に感じたのは鼻を突くお香の匂い。白檀に似た甘い香りは意識しなければ、それほど気になるようなモノでは無かったが、人より嗅覚が優れるアイチには少し刺激的だった。
わざわざ気配を立てたつもりは無かったが、目敏くリリスは気が付いた様子だ。
「あら、失礼しました。香はお気に召しませんでしたか?」
「いいえ、いえ。久方ぶりに良い匂いを嗅いだモンで、驚いちまっただけですよ」
誤魔化すようにズズッと鼻を啜る。
「そうですか」
二人を導くように先を歩くリリスは頷いてから。
「当家で使用していますお香は特別なモノではありませんが、ご主人様がご幼少の頃からお気に召しているお香で御座います。何かと気苦労の多い御方ですので、せめてお屋敷に滞在している間は、心穏やかに少して頂けるようにという配慮で御座います」
抑揚に変化は無かったが、何処となく誇らしげに聞こえたのは気の所為だろうか。
玄関を潜って直ぐはエントランス。外観通りに古めかしい木材で作られた、クラシカルな雰囲気は、町の賭場に比べれば雲泥の差の落ち着きを宿している。聞かされていたような気味悪さ外観の陰鬱さは皆無で、アンジェリカも思わずエントランスを見回しながら、目的を忘れてしまうよう感嘆の声を漏らした。
しかし、直ぐに違和感に気が付く。
「……あ、れ?」
ゆったりとしたリリスの足取りについて行きながら、アンジェリカは眉根を潜めてきょろきょろと周囲を見回す。
「どうかしたんです?」
「いや、このエントランス……階段がない?」
見回すエントランスは大きな外観に比例して、高級な宿のように広いが、見える範囲に上へと続く階段は確認できない。外から見た限りでは三階までの高さはあったはずだが、真正面と左右に扉があるので、そこを潜った先にあるのだろうか。
首を巡らし左右の扉を確認して、顔を正面に向けると、いつの間にか足を止めていたリリスが此方の方を振り向いていた。
同時に気が付く。ホランドがこの場に着いてきていない。
「えっ?」
「それではお二人様。ご案内いたします。怪我のないよう、お気を付けください」
「――ッ!?」
瞬間、足元を支えていた床板が消滅、二人の身体を唐突な浮遊感が襲う。
香の匂いに気を取られていた事もあり、僅かに反応が送れたアイチも抗う術すらなく、二人は叫び声と共に奈落の底へと落ちていった。
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