最終話 勇者パーティを追放された雑用係は

 季節は、少しだけ温かい風が吹きはじめた頃だった。

 あの邪神殿での激闘から、もう一月が経つ。

 傷跡も癒え、魔王学校には再びいつものざわめきが戻っていた。


「くああああ……」


 教室の窓から差し込む光が、磨かれた床に反射する。

 ドラコが大きなあくびをしながら椅子を傾け、リリムは隣でノアの髪を丁寧に梳いてやっている――液体の髪を梳く行為に意味があるのかは置いておいて。

 フェンは窓際で腕を組み、遠くの空を見ていた。

 いつもと同じ光景。

 けれど彼らには、戦いをくぐり抜けた者の、確かな強さがあった。


「はーい、出席取るよー」


 僕が教壇に立つと、ざわついていた空気がぴたりと落ち着く。


「ドラコー」

「ああ、問題ない」

「リリムー」

「はぁい♡ せんせ、もっとりりの名前呼んでぇ♡」

「あ、あとでね……。じゃ次、フェン」

「はい。おはようございます」

「ノアー」

「ぷるる……おは、よ」


 全員分の返事を聞いて、僕は笑顔を作る。


「全員出席、と。よし、今日も頑張ろう」


 教室の空気がわずかに和らぐ。

 ほんの少しの沈黙。

 その心地よさを噛み締めた。

 僕は生徒たちに背を向け、黒板に大きく文字を書く。

 

 ――『戦闘理論・防御』。


「今日は少し振り返りをしよう。戦闘で一番大事なことは、何だった?」


 ドラコが手を挙げ、当てられるのを待たずに口を開く。


「観察だ!」

「そのとおり、よく勉強してるね。力押しよりも、相手を読むこと。勝ち筋を見つける、それが戦いの本質だ。それじゃ、次は――……」




------




「……――はい、今日はここまで。皆、お疲れ様」


 授業が終わるころ、教室には穏やかな笑い声が満ちていた。

 リリムはノアと昼食の話をしている。

 フェンは静かにノートを開き、授業の復習をしているようだった。

 そして机に突っ伏し眠っているドラコ。


「がぁぁ……っは!?」


 ドラコの体がびくんと震え、目を覚ます。


「なんだこの気配は!」

「お、気づいたね」


 僕はにやりと笑った。


「気配? うぅん……あ、確かにちょっと感じるかもぉ?」

「ぷる……つよい、まりょく」

「ふむ。中々の手練れだな」


 ドラコに続き、他の生徒たちも何かを感じ取ったようだ。


 ――ガラッ!


 ざわついた空気を切り裂くように、教室の扉が開いた。

 金色の光が差し込み、風が揺れる。

 そこに立っていたのは、子供ではなく、堂々たる青年の姿をした魔王オルギスだった。

 漆黒の衣を纏い、赤い瞳に揺るぎない威厳を宿す。


「やあやあ、皆元気そうで何より!」


 魔王は穏やかに微笑んだ。


「……いや、これは魔王様の気配じゃない。もっと、他の……」


 生徒たちは警戒が解けない様子。

 僕は苦笑しながら、魔王に向かって声をかけた。


「セラ先生は?」


 僕の問いに、魔王は少し顎を上げて言った。


「もうそこにスタンバってるよ。……生徒諸君」


 魔王は生徒の方へ体を向け、続ける。


「約二か月ばかり、この魔王学校で過ごした君たちは……とても成長したね。そんな君たちに、今日はとても良い報せを持って来たんだ」

 

 生徒たちがざわめく。


「本日より――このクラスにが来る」

「転……」

「入……」

「生……!?」

「ぷるる……!」


 扉の外から、足音が響く。

 最初に入って来たのは、副担任のセラ。

 彼女は転入生たちの引率として、朝から色々と準備に勤しんでいたのだ。

 そんな彼女に続き、ぞろぞろと見慣れぬ顔ぶれ。


 角の折れたオーク族の少年。

 蝶の羽をもつ妖精の少女。

 仮面をつけた吸血鬼の青年。

 無機質な瞳をした機械仕掛けのゴーレム少女。


 皆一様に個性的で、どこか空気を纏っている。


「フハハ! 一気に騒がしくなりそうじゃないか!」

「わぁ! 可愛い子もかっこいい子もいるぅ♡」

「う……また、統率を乱しそうな……」

「あたらしい、ともだち……ぷる」


 ドラコ、リリム、フェン、ノア。

 皆それぞれ違った反応を見せる。

 魔王は満足げに笑った。


「いやあ、邪神殿での一件が大陸中で噂になっててね。魔王学校の評判爆上がりだよ~~~! ホントにキミたち、ナイス!」


 気楽なもんだ。

 四人だって結構手一杯なのにな。

 僕は後頭部をかきながら、セラの隣に立って話しかけた。


「……また、骨が折れそうですね」


 セラはその言葉を聞いて、くすりと笑う。


「ふふ。大変で、正解が無くて、上手くいかない事ばかり……それが、教師ってものでしょう」


 僕は肩をすくめた。


「副担任に言われると、逃げ場がないですね」


 魔王が振り返り、軽く手を上げた。


「ここからは、先生くんに任せていいかな?」

「ええ、もちろん」


 僕はにっこり笑って大きくうなずく。

 窓の外では、青空の下で鳥が飛んでいた。

 鐘の音が鳴り響き、生徒たちの笑い声が教室に満ちる。


「それじゃあまずは、自己紹介から――……」


 勇者パーティを追放された雑用係ぼくは、今日も魔王学校で教壇に立つ。


 少しだけ心を開いてくれた副担任と、遥かに頼もしくなった生徒たち。


 そして新たな仲間とともに、次の授業へと歩み出す。

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